2012年11月11日

ホラー映画ベストテン

放置しっぱなしの当ブログ、久々の更新は
ホラー映画ベストテン!
という事で『男の魂に火をつけろ!』さんの毎年恒例の映画ベストテン企画に初めて参加させていただきます!

僕は怖い話や怪談は大好きで、ホラー映画もそれなりに好きでよく観ます。
でもホラー映画を劇場で観るのは本当にムリで
それはなにしろ「逃げ場」がない、ということに尽きます。
『13日の金曜日』の洗礼を幼い頃に受けて以来、
劇場で観たホラー映画は思い出せるだけで3本…。
なので今回のベストテンもほぼビデオで観たものです。
そんなヘタレ野郎のホラー映画ベストテン。
しばしお付き合いのほどを。


第10位 『シックスセンス』

いわゆるドガジャーン!キャァァァァ!!っていうだけじゃないホラー映画がアメリカにもあるんだ!と初めて知った映画。とかくラストのドンデン返しが話題になりがちですが(アレ、途中で読めたよって言うヤツとは友だちになれません)、それより全編にわたり漂うイヤーな感じにやられました。

第9位 『呪怨』(ビデオオリジナル版)

これ今でこそネタとして消費され尽くしてるし、「いやあれギャグだよね」なんてしたり顔で言う映画バカもいるけど、いやいやいやいや!恐いだろ!!少なくとも発表当時は周りはみんな「こえぇぇ〜」って言ってた。みんな、あの頃を思い出せ!!

第8位 『シャイニング』

あの山奥のだだっ広いホテルに3人しかいないってだけでも恐いのに、「いや、他にも誰かいるんじゃね?」っていうあの感じね。イヤだね〜。ホテルの内装もキレイなんだけど何だか禍々しいっていうあの感じもね。イヤだね〜。

第7位 『エイリアン』

SF映画としてもホラー映画としても金字塔と呼ぶべき傑作ですね!体の中から「ピギィィィィィィ!」は幼い僕にトラウマを植え付けました。

第6位 『ザ・フライ』

僕のトラウマ映画のひとつ。中学生の時に観て以来一度も観返せていないという、ある意味では1位にしてもいいくらいの作品です。とにかくグチャグチャ、ヌチャヌチャだった記憶が…。あと主人公の顔が最初からハエっぽいのも高ポイント!(失礼すぎる!)

第5位 『CURE』

これはねぇ、元旦に友だちの家から帰ってくる途中で新宿の映画館にブラーッと入って観たんですよ。本当にたまたま観たんだけど、そしたらすげぇ傑作で。なんだこりゃぁっていうくらい衝撃を受けて。たぶん今まで劇場で観た中で衝撃度っていう点で言えばナンバーワンていうくらい大好きで。まぁ予備知識もまったく無かったですからね。で、これをホラーと言えるのかというのは議論があるとは思うけど、恐いでしょ!!映画全体の雰囲気、あの昔の映像。いちいちイヤーなあの感じ。あーやだやだやだ!と思いながら観た作品です。これをきっかけに黒沢清、及び黒沢周辺の邦画も追っかけ始めたのでした。

第4位 『遊星からの物体X』

これも僕のトラウマ映画。つい最近25年ぶりぐらいに観直しなんとかトラウマを克服しましたが、あのグチャグチャ・ビチャビチャ加減は幼い僕に深い傷を残すのはそりゃ当たり前だとつくづく思いましたよ。

第3位 『リング』

これも『呪怨』とおなじくキャラとしてもネタとしても消費し尽くされてる感があり、今となっては過小評価されがちだったりもするけど、それ間違ってるよ!みんなラストの貞子でビビリまくった自分を否定したくて虚勢張ってるだけだよ!『リング』は実際に劇場で観た数少ないホラー映画の一本。「逃げ場がない」って言葉はこの映画のためにあると言っても過言じゃないでしょう。これも全体の雰囲気、ビデオ映像のイヤーな感じが最高です。「ドガジャーン!」「キャァァァァ!」だけがホラーではないという事を知ることができたという点でもエポックな作品です。

第2位 『女優霊』

これは『リング』を観たあとに「日本のホラーすげぇぇ!」ってなってレンタルビデオ店で見つけた一本。「すげぇモノを見つけた!」と衝撃を受けたのを今でも憶えています。こんなすげぇの作ったの誰だ?!ってパッケージ見たら『リング』と同じ中田英夫なんですねぇ〜。脚本も同じ高橋洋だと知るのははるか後のこと。昔のフィルム映像、女優の死に様、ボヤ〜っとした灯りの揺らめきや、全体に淡い感じのトーンまで、これほどイヤーな感じを味わえる作品は今のところないです。

第1位 『悪魔のいけにえ』

そして第1位はトビー・フーパーの『悪魔のいけにえ』です!これ、ただ恐いってだけじゃなくて、これ作った奴リアルに狂ってるんじゃないかっていうイヤーな感じね。車椅子の彼がコロコロ転げ落ちる場面なんて最悪だよね!うわー、やだやだやだ!この作者おかしいよ!っていう。でも狂ってる感がある割にはお話し自体は面白いんだよねぇ!狂気とポピュラリティが奇跡的なバランスで両立してるという希有な作品で、第1位に選びました!


という事で、改めてホラーベストテンを考えると「そもそもホラーってなに?」「これってホラー枠に入れていいのかなぁ」などと考えざるを得なかったのですが、まぁそういう難しい事はよく分からないので、とにかく「恐い!」と感じたものだったらホラーでいいや!という投げやり感もありつつ頑張って考えましたよ!
概観すると僕が恐怖を感じるのは「なんか雰囲気がヤダ」「体の中から何かあり得ないものが出てくるのがヤダ」というのが大きいんですね。ジェイソンでホラー映画の世界に足を踏み込んだ僕ですが、その名残はもはやあまりないなぁ…と。

ランク外の作品としては『ミスト』『REC』『回路』『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』『鬼畜大宴会』『八つ墓村』(1977年版)などなど。特に『ミスト』『REC』は最後までなんとかベストテンに入らないかな〜と四苦八苦したのですが、仕方ないですね。

ということで皆さんもぜひ考えてみてくださーい。
タグ:映画
posted by キョー at 18:33 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月08日

人生に影響を与えた45曲

BLOGのほう、だいぶご無沙汰してしまいました。
もう二度と更新しないんじゃないかと自分でも思っていたのですが、
今回更新する気になったのは『くりごはんが嫌い』という、
その道ではビッグなブログで『人生に影響を与えた45曲』という企画をやってまして。
この企画は元々スカパーの音楽番組でやってるヤツらしいのですが、
オレ、こういうの大好物なんだよね。
これはオレもヤリたい!
という事で、誰に望まれてるわけでもないけど考えました!
ちょう大変でした!
誰に望まれてるわけでもないのに!

ちなみにオレは周りの人たちよりは音楽に詳しいという自負があります!
ほんとうです!
たぶんオレの住んでるサイタマの片田舎で上位10人に入ります!
マジです!
それくらいサイタマの片田舎では音楽超人なオレですが、
最近はCDを買うと言ったらもっぱらブックオフの500円コーナー、
情報を得るのはもっぱら2ちゃんねるまとめサイトという体たらく。
40を前にしていよいよ音楽の最新動向に付いて行けなくなってきたただのオッサンなわけで(andymoriは知ってます!)
そんなオッサンが「どうだ!」とばかりにこんなランキングを発表してどうなるのか?という疑問点はありつつ、
がんばってかんがえたので暖かい目で見てやってね!
ちなみに選考基準は主に「好き」「この曲がきっかけで音楽の嗜好が広がった、深まった」
「今も影響が残ってる」の3点。
順不同でーす!


1:ギンギラギンにさりげなく/近藤真彦
2:風立ちぬ/松田聖子
3:落陽/吉田拓郎
4:君は天然色/大滝詠一
5:DOWN TOWN/SUGAR BABE
6:め組のひと/ラッツ&スター
7:天気読み/小沢健二
8:Sympathy for the Devil/The Rolling Stones
9:Whatever/OASIS
10:For Tomorrow/BLUR
11:Be My Baby/ロネッツ
12:I WANT YOU BACK/Jackson 5
13:LOVEマシーン/モーニング娘。
14:I GET AROUND/THE BEACH BOYS
15:GROOVE TUBE/フリッパーズギター
16:青春狂走曲/サニーデイ・サービス
17:冬のオルカ/キリンジ
18:リンダ・リンダ/THE BLUE HEARTS
19:I FOUGHT THE LAW/THE CLASH
20:リスペクト/RHYMESTER
21:SHINE A LITTLE LOVE/ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA
22:My Ever Changing Moods/The Style Council
23:サマーヌード/真心ブラザーズ
24:Vertigo/THE LIBERTINES
25:I AM THE RESURRECTION/The Stone Roses
26:今夜はブギーバック/小沢健二featuringスチャダラパー
27:No Thing on Me/Curtis Mayfield
28:Little Ghetto Boy/Donny Hathaway
29:20th Century Boy/T.REX
30:アリラン/ソウルフラワー・モノノケ・サミット
31:BABY BABY/GOING STEADY
32:Where Is The Love/Black Eyed Peas
33:My Way/Sid Vicious
34:SPARKLE/山下達郎
35:BORSTAL BREAKOUT/SHAM69
36:Like a Rolling Stone/Bob Dylan
37:イムジン河/ザ・フォーク・クルセダーズ
38:THE HARDER THEY COME/JIMMY CLIFF
39:Dixie Chicken/Little Feat
40:Three Lions/Lightning Seeds
41:Simple Song of Freedom/The Voices of East Harlem
42:ファースト・クエスチョン・アワードのテーマ/コーネリアス
43:Do You Remember Rock’n Roll Radio?/Ramones
44:Sabotage/Beastie Boys
45:We Are the World/U.S.A. for Africa

いかがですか!!
これがサイタマの片田舎のおんがくちょうじんが考えた45曲です!
おんがくちょうじんが考えた45曲の割にはベタな曲ばかり、
そのミュージシャンの代表曲と言われてるナンバーばかりという点に忸怩たる思いがなきにしもあらずですが、
歳を重ねて今の自分を作った曲たちっていうのを考えたら以外とこんなもんですよ。
トンガってる年齢でもねぇだろっていう。
余計なモノは削ぎ落としてゆく年頃なんです。

ほんと大変だったけど面白かったですよ。
他に同じ企画をやってる方々も言ってますが、
そのミュージシャンの一番好きな曲が選ばれるわけでもないってのはスゴいありましたね。
あとすごい好きなミュージシャンなのに1曲も入らなかったとか、
反対に大好きってほどでもないミュージシャンなのにランクインしたとか。
「好き」「それがきっかけで音楽の幅が広がった、深まった」「今でも影響が残ってる」という3点の選考基準のうち
「それがきっかけで…」ていうのが多分大きいんでしょうねー。

みんなもやってみると面白いと思うよー。




タグ:音楽
posted by キョー at 10:47 | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月04日

トラヴィス・イズ・バック、或いは暴力の向こう側。スーパー!

『スーパー!』観ました!(シアターN渋谷)

結論から言ってしまいますと、
傑作!みんな観ろ!

序盤は主人公オヤジのマヌケっぷりをこれでもかって見せていきます。
人生であったたった二度の最高の瞬間を描き、壁に貼るオヤジ。
犯人を追う警官に「あっちです!」と教え、変に誇らしげなオヤジ。
敵役のクルマを人差し指でピトッと触るオヤジ。
キリスト教福音派ヒーローに感化されるオヤジ。
「自分は選ばれた人間である」という標語を部屋に貼るオヤジ。
待機するオヤジ。
ブリーフのオヤジ。
「それは反則!」と叫ぶオヤジ。

「こいつ、マヌケだなー」とゲラゲラ笑いながら観てました。
でも笑いながらも「実はそんなに自分と違わないんじゃ…」なんて事も思ったりして
心がチクチクしたりしてね!

でもそうやってゲラゲラ笑って観られるのも最初だけです。
「自分は選ばれた人間」のくだりで既に何か不穏な空気が漂ってはいたんだけど、
オヤジがどんどんサイコパス化してくというか、
『タクシードライバー』のトラヴィスそっくりになってくというか。
一応、オヤジは奥さんを取り戻す為に「悪を倒す正義のヒーロー」という設定を自分に課したはずなのに、
端から見たら「単なる殺人鬼じゃん!」ていうね。
僕自身、子どもの頃ウルトラマンや仮面ライダーを見ながら
「これ正義の味方っていうけどさー、悪者の方から見たら、自分らが正義で仮面ライダーが悪だよねー。」なんて言ってた、いけすかないガキだったので、こういう描写は大好物です!!

もう最後は韓国映画か!!ってくらいの描き方をしていてサイコーでした!

そうです。この映画はあの映画史に残る大傑作『キック・アス』ですら踏み込まなかった、
正義の名の下に振るわれる暴力の「その先」までをも描ききったのです。

で、僕はキック・アス評
「映画は最高だが、人を殺したオトシマエを描いていない。普通の人間が人殺しをしといて彼女とチューじゃ納得いかん!」と書いた訳ですが、
『スーパー!』はそれとは真反対の描写をしています。
一応、幸せになる人間も出てくるには出てくるけど、
それも監督の誠実さの現れでしょう。
だって「社会にとって悪の存在」が殺されたのですから、
それを背負いこんでしまう人間もいれば、同時に平穏を得られる人間もいるのは当然。
それを描いた上で監督は
「暴力、どうですか!!!!!?」とコチラ側に投げかけている。

僕は「暴力、ダメ、絶対」「戦争、アカン!」と最初から声高に叫んでる映画は好きではありません。
僕自身はそういう映画に対して「教科書を読んでるよう」という表現を使いますが、
そんな分かりきった事、教条的な事を叫ぶだけなら、映画を観に行く意味はない。

そうではなく、ある行為が引き起こす様々な事象を描いた上で、
「ほら、どうだ!」とこちら側の価値観を揺さぶってくる映画こそが映画であり、
映画を観に行く価値があるのだと思っています。

総合的に『キック・アス』より上とまでは言わないけど、
エンターテイメントとしても充分以上に面白いし、
『キック・アス』のその先にまで踏み込んだという点で、
僕にとって『スーパー!』は『キック・アス』よりある意味では上。
生涯ベスト級と言ってもいいくらいの映画でした!




posted by キョー at 06:59 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月05日

どういうつもりだ!ブルーバレンタイン!!

ブルーバレンタイン観ました!(新宿バルト9)

いやーー、痛かった…。
ある夫婦の出会いの瞬間と別れの瞬間を交互に映してゆく作品。

あのーー、僕は30代未婚男なので観る前はあまり入り込めないんじゃないか…
なんて思ってたのです。
町山智浩氏が大プッシュしてるので気にはなるのですが、
「あんま関係ねーかなー」という感じで正直観るつもりもありませんでした。
で、ウィークエンドシャッフル、シネマハスラーでの宇多丸評を聴いてようやく重い腰をあげたというのが実情。

でねー、本当にそれぞれが置かれている立場によって感想はそれこそ十人十色だと思うんです。
で、僕の率直な感想は「ほれ見ろ!やっぱ結婚なんてするもんじゃねぇ」でした。
いくら互いの気持ちが燃え上がって何をしていても幸せな時があっても
それはいつか絶対に消えるし、
この映画のように離婚までは行かなかったとしても、
相手のとる行動がいちいち気に障ってムカついて、
また、一方はそんな相手の気持ちをなんとかつなぎ止めようとするけど、
思うようにならず…なんて例はいくらでもあるじゃないですか。
あるんですよね?

あるんでしょ?

色々聞いてますよ!?

もうこちらとしては「ほーれみろー」ですよ!

でね、宇多丸氏は花火に2人の過去が浮かび上がるという場面を指し
「それでも誰かを愛することは素晴らしいことだと表現している」
というような事をおっしゃっていましたが、
僕から見たら
「どんなに美しいものも、いつかは消える。儚いものなんだ」
と表現しているとしか思えませんでしたよ!

でですね、バルト9からの帰り道、
ウィークエンドシャッフルの放課後ポッドキャストを聴きながら帰ったのですが、
そこで実は主人公のディーン(旦那)ってオレそっくりなんじゃないか…と思い至り
そっからは地獄ですよ!

ディーンは音楽の才能なんかはあるんだけど、
その道には進まず
楽な仕事をし、言い訳を並べながら
「まぁあくせくしないで、のんびり楽しく生きるのがいちばんでしょ」
という感じで生きている男。
まぁ音楽の才能とは言ってもウクレレ弾きながら歌えるってくらいなもんなんですがね。

で、僕の場合も20代前半は就職もせずフリーターやりながらバンド活動にあけくれ、
後半になってもやはりフリーターで
でもバンドはもうやってなくて「いやーー、今音楽の方向性を模索中なんだよねーー」なんつって、でも実は模索なんて全然してなくて
このままダラダラと生きていたくて…。

これってディーンとどれだけ違うんだよおぉぉ!

で、そんなディーンを放課後ポッドキャストのヤローども
「幼稚な男」だとか「努力してるならまだしも…」だとかのたまってる訳ですよ!
さらにリスナーの30代のスケ
「若い頃は夢を追っているクリエイタータイプの男が好きだったけど、
やっぱり結婚するなら社会に順応していて生活費もきちんと稼ぐ男がいいと今は思う」
とかいう愚にもつかないメールを寄越しやがったりね。

わかってるよ!もうっ!!

今は僕もなんとか無事に就職しまして、
少ないながらも毎月安定した稼ぎを得ているわけですが、

よかったぁぁ!あの頃結婚しなくて!!

あぶねーあぶねー。

「こんなオレを受け入れてくれる可愛こちゃんがきっとどこかにいるはず」
なんて夢を見ていたり、
あぶねー。ディーンみたいになるところだったよーー。

といった具合に、冗談を絡めてナニカを直視することを避けてるのがバレバレですが、
いや、ホントにいてぇよ?
冗談絡めないと胸がズキンズキンしまくりですよ。

そんなナニカを直視する勇気がある方は是非観に行かれるのがいいと思います!
ほんと鬼畜の所業だわ、この映画…。
posted by キョー at 22:22 | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月03日

ぼくらが旅に出る理由!その街のこども 劇場版!!

『その街のこども 劇場版』観ました。(川越スカラ座)

公開当時は近くでやってなくて時間帯も合わず、泣く泣く断念したのですが、
このたび川越スカラ座で上映が始まったということで、
川越スカラ座えらい!!

はからずも3月11日の大震災を経ての鑑賞となったわけですが
あのような大震災の直後だからこそ、また違った考え方捉え方ができるのかなという気持ちもありつつ鑑賞しました。

もう結論から先に言っちゃいますが、
大傑作ですよ!これ!
今年ベストどころか、生涯ベスト級でした!!

子どもの頃、神戸の震災を経験した男女2人が
10数年ぶりに神戸に帰ってきて
夜の神戸の街を歩きながら改めて震災と、それがもたらした理不尽に向き合うという内容で、
こういう内容であれば、いくらでもウエットにというか、
ドラマチックに描けたと思うんです。
例えば、亡くなった友人の名前を叫びながら慟哭するとか、
「お互いにこの不幸を乗り越えていこう!」と力強く励まし合ったりとかね。
凡百の日本映画監督・脚本家なら間違いなくそうするでしょう。
そうする方がはるかに簡単ですから。
おそらくテンプレ的なものがあるんでしょうな、と皮肉を言いたくなる程
日本映画にはそういうモノが溢れています。

しかし、この映画はそういう安易な描き方はしなかった。
淡々としたタッチで2人がそれぞれのやり方で震災に向き合う姿を描いていました。

「淡々と…」というのは人物描写にも表れています。
普通であれば主人公2人はいわゆる「心に傷を抱えているけど、いい人」として描かれるでしょう。
もっと言えば観客が「かわいそう…」と思えるように描かれるでしょう。

しかし、実際の主人公2人は決して「いい人」とは描かれていません。
森山未來は素直じゃなくて露悪的な感じが出ていましたし、
佐藤江梨子の方は自分勝手で自由奔放な女性として描かれていました。

でもそれが決してイヤなヤツというわけではなく、
誰にだってあると思うんですよ。
実際人間には色々な面がある。
100%完璧な人間なんていない訳です。
誰にだってプラスの面もあればマイナスもある。
そしてプラス/マイナスは受け取る側の人間によって変わってくるわけです。
そういうどこにでもいる人間としてきちんと描ききっていたと思います。

要は型にハメていないんですよ。

で、型にハメないという事で言えば
最後、2人がどう震災と向き合うかというシーンで
2人がそれぞれ別の選択をしたこと。
森山未來が一見「逃げ」とも言える選択をし、
佐藤江梨子はそれを受け入れるのですが、
これは観る人の中には「えぇ〜!!?」と思う人もいるでしょう。

しかし、僕はそうは思いませんでした。
むしろ「頼むからこのまま終わってくれ!」と強く念じていました。
実際その通り終わってくれて
僕としてはこの時点で「神映画だ!」と拍手喝采だった訳ですが、
ではどうしてあのラストを支持するのか。
それはやはり「型にハメない」という事なんです。
震災への向き合い方を紋切り型に描かず、
それぞれのやり方、それぞれのペースでいいじゃないかと描いたことに
僕は作り手の真摯さを見たのです。

2人そろって震災に向き合えて乗り越える事ができて
あーよかったね、と描く事はとても簡単で誰でもそう描こうとするでしょう。
でもそれって考えてみれば傲慢ですよね。
実際に被災された方々の気持ちはきっと僕には想像も及ばないほどだと思うし、
また被災された程度によって微妙に濃淡があるんじゃないでしょうか。

それは今回『その街のこども 劇場版』を観て
恥ずかしながら初めて思い至ったことなのですが、
それを単純に分かりやすく描くってやっぱり傲慢ですよ。
それを作り手側は主人公2人に真摯に投影したのだと思いました。

あと、主人公2人がその道行きの始めから
「歩く/歩けない」「タクシーに乗る/乗らないで歩く」というやり取りを何度も繰り返すのが僕はこれが気になってて、これってなんだろうと映画が終わってからもずっと考えていたのですが、
これもやっぱり「震災にどう向き合うか」って事ですよね。
この偶然の道行きの過程で2人は震災に向き合い、
また向き合うきっかけ(たとえそれがまだおぼろげであったとしても)を得る訳です。
それって2人が再びまたここへ帰ってくるまでに要した「10数年」という長い期間の投影であり、
また近道なんてない、イージーな方法なんてないんだというイメージの投影なんですね。
どれくらい時間がかかるかはそれぞれ違うけど、自分の足で歩いていくしかないという。

だからこそ、佐藤江梨子が10数年ぶりに肩の荷をおろしたあとに
2人が走り出した場面は感動的なわけです。

そしてその場面に繋がるマンションのシーン。
僕は久しぶりに映画館で号泣しましたよ!
震災で亡くなった親友の、その父親を訪ねる場面なのですが、
ここでもまた型にハメない演出が。

佐藤江梨子がマンションのチャイムを押して「美夏です」と言うのですが、
普通だったら父親は「美夏ちゃん?ほんとにあの美夏ちゃんなのかい!!?今すぐ開けるから!」とエモーショナルに描かれるでしょう。

しかし、「あ、今あけます」と父親の反応はいたって平坦…。
一瞬、観ている方としては「え?!大丈夫か?」と不穏な空気すら感じるのですが、
しかし、その瞬間まさに父親が亡くした家族の喪に服していて
その気持ちを引きずったまま玄関に出てきたのだと考えれば、
そしてその後2人きりで死者の思い出や今の境遇を共有する時間を持てたのだと考えればこそ、その後の手を振るシーンに涙できるのです!

そして佐藤江梨子のそばには森山未來がいて
「おじちゃんに泣き顔なんか見せられない」と手を振れなかった佐藤江梨子の背中を押すように、一緒に手を振っている。
それぞれがそれぞれを支え合って、まさに今を生きている!
大きく、大きく手を振りながら!
なんという名場面!


という訳でですね、
冒頭でも申し上げました通り、大・大・大傑作ですので
まだ未見の方は、地方でもいくつか公開している様子ですので
万難を排して観に行かれることをおススメいたします!







posted by キョー at 20:45 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月19日

ミニスカ美少女は革命の夢を見るか?エンジェル・ウォーズ!

エンジェル・ウォーズ観ました!(ユナイテッドシネマ入間)

精神病院に放り込まれたセーラー服姿だったりボンテージ姿だったりの美少女たちが、
日本刀やピストル、マシンガン、パワードスーツ、そして妄想力を武器にして、巨大なサムライやナチのゾンビ兵士、ドラゴンとかと戦いながら自由を勝ち取ろうとする物語。

いや、こう書くと頭悪い感じが改めてプンプンして非常にイイ感じですが、実際頭悪いです!中学生男子が書いた「オレなりのインセプション」というフレーズが鑑賞中に頭をよぎったりして、イイヨイイヨーと思いながら観ることができました。

ストーリー見ただけで一目瞭然ですが、話自体は確かに荒唐無稽だし、バカバカしいのも分かります。妄想世界に入った途端に置いてけぼりになる感じも分かる。
これが例えば映画史に残る傑作かと問われればそうではないでしょう。

それでも僕は言わざるを得ない。「この映画が好きだ」と!
なぜか?

それはガトリングガンを持っているでっかいサムライがかっこよかったからです!
塹壕の上にいっぱい浮かんでいる飛行船とその間を縫うように飛ぶプロペラ機がかっこよかったからです!
ロリポップをほおばりながらたたかうおんなのこもかわいかったです!
おしろのうえをとぶひこうきもかっこよかったです!


色々理屈をつけようかとも思ったが、結局はそういうことなのだ!

そして幼き日々から妄想を駆使しながら現実から逃避しつづけ、同時にいまだ現役中二病患者であり終わらない思春期まっただ中の僕としては、
その妄想を駆使しながら現実を変えようとするベイビードールにシンパシーを感じると同時に勇気をもらったのでした。

まぁでも、その妄想を駆使して云々というのも最後には「んんー…」てなるんですけどね。
ベイビードールは確かに「自由」を手にしたかもしれないけど、そして仲間も自由にしたかもしれないけど、「んんー…」ていう余韻。
でもこの余韻もまた僕には心地よいというか、ストーリー的には決して心地よくはないんだけど、映画的に心地よいものでした。

という訳なので、未だに妄想力には自信がある!という大人のみなさんは是非観に行かれるのがいいと思います!
posted by キョー at 20:51 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月09日

愛しさと切なさと馬鹿野郎共と。トゥルー・グリット!

トゥルー・グリット観ました!
(シネプレックスわかば)

映画『3時10分、決断のとき』、ゲーム『RED DEAD REDEMPTION』を通じて、僕の中で今まで全く興味の対象外だった「西部劇」というものが俄然盛り上がってきたのが去年のこと。そしていよいよコーエン兄弟が西部劇を撮るということで随分前から楽しみにしていた『トゥルー・グリット』。
なんというか、「これは大傑作だ!」と声を大にして言う感じではないんだけれど、しみじみと「いい映画だなーー」と感じました。

ストーリーとしては、父親を殺された娘マティが、保安官コグバーン、テキサスレンジャーであるラビーフの力を借り復讐の為の旅に出るというものです。

しかしこの保安官というのが、凄腕らしいのだけどとにかく飲んだくれ。テキサスレンジャーもプライドは高いんだけど、そのプライドの高さをマティに鼻で笑われるという体たらく。(テキサスレンジャーのバッジをマティに見せつける時の表情、その素晴らしいほどのしょうもなさが最高!)
時代設定としては西部開拓時代の終わりなんだけど、この二人はいまだに「西部の男」という失われつつあるステータスに拘泥し、そんな二人と新時代を象徴する存在でもあるマティ(その商談の巧みさは、近代資本主義社会の到来を想像させる)が織り成す旅物語なわけです。
で、本当にしょうもなくてキマんない二人で、しかも何かと言えば口喧嘩ばかりしてる二人なわけですよ。マティさん、これは完全に人選間違えましたねって感じなわけですよ。そんなしょうもなさがさんざん描写されるわけですが、そんな二人がクライマックスに見せる「西部の男」たる所以。そしてその後、マティのためにとる行動こそトゥルー・グリット!!(真の勇者、真の勇気!!)

※ここから若干ネタバレです。





まぁ、ここまでは色々な方が触れているわけです。でも僕が真にグッときたのが、その場面で過ぎ去る風景、もっと言えば人物の描写でした。
コグバーンがマティを馬に乗せて疾走する。そしてまずはラビーフ、それから荒野に倒れる悪党たち。登場した人々が一人また一人と舞台から去ってゆきます。馬まで退場し、遂にはコグバーンまで…。マティの命がなんとか繋がれるのと引き換えられるかのように、古き時代から新しい時代へとバトンが繋がれるかのように、荒野の向こうへ立ち去って行きます。今時、荒野で鉄砲バンバン撃ち合って命を取って取られて、新時代はもう目の前に来ているのに、まぁバカですよ!でもコーエン兄弟は(特に悪党たちが倒れているシーンに強く感じたことですが)それを愛情というか、哀惜というか、そういう感情とともに描くわけです。そりゃあグッときますよ!
まぁでもコーエン兄弟ですから、僕が勘違いしている可能性も十分あるわけですが。

あと、マティが父親が遺した銃や帽子、コートをまとって旅に出るという設定もいい!なんとなくですが同じコーエン兄弟の傑作『ノー・カントリー』の父親の松明のエピソードを感じさせて、これもグッときました。

最初に書いた通り、個人的には「大傑作」とも違うのですが、折りをみて何度も何度も見返したくなるような作品だと思います!
もう一回『RED DEAD REDEMPTION』やろうかな。
posted by キョー at 23:04 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月06日

エレクトリック原発ランド

前々回のエントリで、僕は「我々の言ってた事が正しかった」とアピールする反原発派に対し
「僕自身も原発に対しては反対の立場だし色々と思う所があるが、今は黙ってろ!」というような趣旨のことを書いた。

正直、あれから僕の気持ちは揺れ続けた。
今は自分の正しさをアピールする時ではないと思った事は事実だ。
だけれど、「黙ってろ」という言葉はどうだったのだろう…。
結局それって横並び強制の全体主義的な考えじゃないか。
それは僕のもっとも嫌悪する思想だったはず。
であるにも関わらず僕は間違いなく「黙ってろ」と思ったし、
それをブログに書いた。

結局いつだってそうだ。
オウムの事件の時だって、9.11の時だって
僕は頭に血が上ると、
普段の考えとは真逆なことを平気で思い、口にする。
オウム信者など片っ端から逮捕してしまえ。
イスラムのキチガイ野郎共をコロセ。
僕の中には間違いなく「ケモノ」が棲みついている。
その「ケモノ」は
自分が想い描く世界が危険に晒されたと感じた途端牙を剥く。
いつだってそうだ。

今回はその牙がよりにもよって立場を同じくする反原発派に向けられた訳だ。

そう。ここまで読んでもらえれば分かるように、
これは「言い訳」だ。
僕は「黙ってろ」と書いたことを後悔している。
「あんな事書かなきゃよかった」と溜め息をついている。

僕は改めて表明したい。

「ゲンパツなんてイラネ」。

「原発に代わる電力があるか?」だって?
知るかバカ。
ゲンパツに代わるものがあるかどうかではない。
こんな事態を引き起こすゲンパツなどというものは使っちゃいけないのだ。
ひとたび事が起こればこれ程の災厄を撒き散らす原子力などというモノに
人間は手を出してはいけないのだ。
ゲンパツ無しでやる方策を考えるしかない。
たとえ「国力」が落ちようとも。
大量の放射線が絶え間なく降り注ぎ、
人間が住めるか住めないかというギリギリのラインにまで事態が緊迫するより
なんぼかマシか。

そしてそんなモノの最前線で、
常に放射性物質漏洩の危機に晒されながら働く人、地域。
そういう人々や地域の存在を強制するゲンパツなど
やはりクソくらえなのだ。

そんなシステムを当たり前のように受け止め
電気を使いたい放題使ってきた僕自身も
クソッタレである。









posted by キョー at 20:48 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月30日

KingにはKingの任務がある!KING KAZU!

東日本大震災復興支援チャリティーマッチ
日本代表2−1Jリーグ選抜

これが僕たちの日常だったんだ!という光景が
テレビモニターの向こうにはありました。

震災が起きてから僕らの日常は寸断されました。
命を落とされた方、家族や友人を失った方もたくさんいます。
折れそうになる心をなんとか奮い立たせながら
それでも「朝はやってくるのだろうか」と不安になる夜もありました。

昨晩、僕たちの代表が、僕たちの仲間がFIFA ANTHEMにのってピッチに姿を現した時、
サイドラインを踏み越えてピッチに入ってゆく姿を見て、
僕らもまた「寸断」というボーダーラインを越えて、日常を取り戻してゆくんだという勇気が心のうちに湧いてくるのを感じました。

みんな、ありがとう。

そして、KAZU。
フットボールを見続けてきた人であれば、
「もっている」という言葉はKAZUにこそ相応しいことはよくわかっていると思う。
KAZUがこのチャリティマッチでゴールを決める。
それは最高のシナリオだし、KAZUだからこそそういう夢想もできる。

だけど、44歳だぜ。
相手は日本代表だぜ。

正直そう思っていました。

けれどKINGはやっぱりKINGだった!
KINGがKINGである所以をこれ以上ない形で見せてくれたKAZU。
カズダンスをキメたあとで見せた、何かをこらえるような表情、
何かを届けるんだという気持ちのこもった表情を見て
涙が溢れました。

ありがとう、ありがとうカズ。
あなたがいてくれて本当によかった。
あなたのメッセージ、確かに受け取ったよ!




posted by キョー at 07:19 | TrackBack(0) | フットボール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月13日

僕たちは終わらない

本当に酷いことになっている。
見た事もない映像の波は、
僕の心の許容量をとっくに超えてしまっていて、
僕は恐怖におののくことしかできない。

何を言えばいいのか。
何を書けばいいのか。

正直わからない。
考えられない。

反原発の運動をしてきたグループが
「我々が長年にわたって訴えてきた事が現実になった」と言ったという。

僕だって原発に関しては反対の立場だし、
今回の地震によって危険な状態になっている事に関して言いたいことはある。

でもいちばん言いたいこと。
それは、
「オマエら、たのむからダ・マ・ッ・テ・ロ

いますべき事は己の立場の正しさをアピールする事ではない。
今、この瞬間、
メルトダウンの最前線で、
己の命を危険に晒しながら
それでも最悪の事態を防ぐ為にあらゆる経験と知識を活かし団結して力を尽くしている人たちが
無事家に帰ってくるのを祈る事だ。

検証すべきことがあるなら、その後でいい。

原発だけではない。
政治家・消防隊員・自衛隊員・病院関係者・警察・公務員・企業・マスコミ・一般市民・あらゆる立場でそれぞれが出来ることに力を尽くしている人たち、
いまだ恐怖と不安の中で救出を待つ人たち、
あらゆる人々が彼らの家に笑顔とともに帰ってくるのを
僕は祈っています。
家を失ってしまった人たちが絶望を超えて新たな我が家を得る日が来るのを
僕は祈っています。

そして微力ながら僕自身に出来る事を探そうと思います。




posted by キョー at 15:33 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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