2011年04月19日

ミニスカ美少女は革命の夢を見るか?エンジェル・ウォーズ!

エンジェル・ウォーズ観ました!(ユナイテッドシネマ入間)

精神病院に放り込まれたセーラー服姿だったりボンテージ姿だったりの美少女たちが、
日本刀やピストル、マシンガン、パワードスーツ、そして妄想力を武器にして、巨大なサムライやナチのゾンビ兵士、ドラゴンとかと戦いながら自由を勝ち取ろうとする物語。

いや、こう書くと頭悪い感じが改めてプンプンして非常にイイ感じですが、実際頭悪いです!中学生男子が書いた「オレなりのインセプション」というフレーズが鑑賞中に頭をよぎったりして、イイヨイイヨーと思いながら観ることができました。

ストーリー見ただけで一目瞭然ですが、話自体は確かに荒唐無稽だし、バカバカしいのも分かります。妄想世界に入った途端に置いてけぼりになる感じも分かる。
これが例えば映画史に残る傑作かと問われればそうではないでしょう。

それでも僕は言わざるを得ない。「この映画が好きだ」と!
なぜか?

それはガトリングガンを持っているでっかいサムライがかっこよかったからです!
塹壕の上にいっぱい浮かんでいる飛行船とその間を縫うように飛ぶプロペラ機がかっこよかったからです!
ロリポップをほおばりながらたたかうおんなのこもかわいかったです!
おしろのうえをとぶひこうきもかっこよかったです!


色々理屈をつけようかとも思ったが、結局はそういうことなのだ!

そして幼き日々から妄想を駆使しながら現実から逃避しつづけ、同時にいまだ現役中二病患者であり終わらない思春期まっただ中の僕としては、
その妄想を駆使しながら現実を変えようとするベイビードールにシンパシーを感じると同時に勇気をもらったのでした。

まぁでも、その妄想を駆使して云々というのも最後には「んんー…」てなるんですけどね。
ベイビードールは確かに「自由」を手にしたかもしれないけど、そして仲間も自由にしたかもしれないけど、「んんー…」ていう余韻。
でもこの余韻もまた僕には心地よいというか、ストーリー的には決して心地よくはないんだけど、映画的に心地よいものでした。

という訳なので、未だに妄想力には自信がある!という大人のみなさんは是非観に行かれるのがいいと思います!
posted by キョー at 20:51 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月09日

愛しさと切なさと馬鹿野郎共と。トゥルー・グリット!

トゥルー・グリット観ました!
(シネプレックスわかば)

映画『3時10分、決断のとき』、ゲーム『RED DEAD REDEMPTION』を通じて、僕の中で今まで全く興味の対象外だった「西部劇」というものが俄然盛り上がってきたのが去年のこと。そしていよいよコーエン兄弟が西部劇を撮るということで随分前から楽しみにしていた『トゥルー・グリット』。
なんというか、「これは大傑作だ!」と声を大にして言う感じではないんだけれど、しみじみと「いい映画だなーー」と感じました。

ストーリーとしては、父親を殺された娘マティが、保安官コグバーン、テキサスレンジャーであるラビーフの力を借り復讐の為の旅に出るというものです。

しかしこの保安官というのが、凄腕らしいのだけどとにかく飲んだくれ。テキサスレンジャーもプライドは高いんだけど、そのプライドの高さをマティに鼻で笑われるという体たらく。(テキサスレンジャーのバッジをマティに見せつける時の表情、その素晴らしいほどのしょうもなさが最高!)
時代設定としては西部開拓時代の終わりなんだけど、この二人はいまだに「西部の男」という失われつつあるステータスに拘泥し、そんな二人と新時代を象徴する存在でもあるマティ(その商談の巧みさは、近代資本主義社会の到来を想像させる)が織り成す旅物語なわけです。
で、本当にしょうもなくてキマんない二人で、しかも何かと言えば口喧嘩ばかりしてる二人なわけですよ。マティさん、これは完全に人選間違えましたねって感じなわけですよ。そんなしょうもなさがさんざん描写されるわけですが、そんな二人がクライマックスに見せる「西部の男」たる所以。そしてその後、マティのためにとる行動こそトゥルー・グリット!!(真の勇者、真の勇気!!)

※ここから若干ネタバレです。





まぁ、ここまでは色々な方が触れているわけです。でも僕が真にグッときたのが、その場面で過ぎ去る風景、もっと言えば人物の描写でした。
コグバーンがマティを馬に乗せて疾走する。そしてまずはラビーフ、それから荒野に倒れる悪党たち。登場した人々が一人また一人と舞台から去ってゆきます。馬まで退場し、遂にはコグバーンまで…。マティの命がなんとか繋がれるのと引き換えられるかのように、古き時代から新しい時代へとバトンが繋がれるかのように、荒野の向こうへ立ち去って行きます。今時、荒野で鉄砲バンバン撃ち合って命を取って取られて、新時代はもう目の前に来ているのに、まぁバカですよ!でもコーエン兄弟は(特に悪党たちが倒れているシーンに強く感じたことですが)それを愛情というか、哀惜というか、そういう感情とともに描くわけです。そりゃあグッときますよ!
まぁでもコーエン兄弟ですから、僕が勘違いしている可能性も十分あるわけですが。

あと、マティが父親が遺した銃や帽子、コートをまとって旅に出るという設定もいい!なんとなくですが同じコーエン兄弟の傑作『ノー・カントリー』の父親の松明のエピソードを感じさせて、これもグッときました。

最初に書いた通り、個人的には「大傑作」とも違うのですが、折りをみて何度も何度も見返したくなるような作品だと思います!
もう一回『RED DEAD REDEMPTION』やろうかな。
posted by キョー at 23:04 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月06日

エレクトリック原発ランド

前々回のエントリで、僕は「我々の言ってた事が正しかった」とアピールする反原発派に対し
「僕自身も原発に対しては反対の立場だし色々と思う所があるが、今は黙ってろ!」というような趣旨のことを書いた。

正直、あれから僕の気持ちは揺れ続けた。
今は自分の正しさをアピールする時ではないと思った事は事実だ。
だけれど、「黙ってろ」という言葉はどうだったのだろう…。
結局それって横並び強制の全体主義的な考えじゃないか。
それは僕のもっとも嫌悪する思想だったはず。
であるにも関わらず僕は間違いなく「黙ってろ」と思ったし、
それをブログに書いた。

結局いつだってそうだ。
オウムの事件の時だって、9.11の時だって
僕は頭に血が上ると、
普段の考えとは真逆なことを平気で思い、口にする。
オウム信者など片っ端から逮捕してしまえ。
イスラムのキチガイ野郎共をコロセ。
僕の中には間違いなく「ケモノ」が棲みついている。
その「ケモノ」は
自分が想い描く世界が危険に晒されたと感じた途端牙を剥く。
いつだってそうだ。

今回はその牙がよりにもよって立場を同じくする反原発派に向けられた訳だ。

そう。ここまで読んでもらえれば分かるように、
これは「言い訳」だ。
僕は「黙ってろ」と書いたことを後悔している。
「あんな事書かなきゃよかった」と溜め息をついている。

僕は改めて表明したい。

「ゲンパツなんてイラネ」。

「原発に代わる電力があるか?」だって?
知るかバカ。
ゲンパツに代わるものがあるかどうかではない。
こんな事態を引き起こすゲンパツなどというものは使っちゃいけないのだ。
ひとたび事が起こればこれ程の災厄を撒き散らす原子力などというモノに
人間は手を出してはいけないのだ。
ゲンパツ無しでやる方策を考えるしかない。
たとえ「国力」が落ちようとも。
大量の放射線が絶え間なく降り注ぎ、
人間が住めるか住めないかというギリギリのラインにまで事態が緊迫するより
なんぼかマシか。

そしてそんなモノの最前線で、
常に放射性物質漏洩の危機に晒されながら働く人、地域。
そういう人々や地域の存在を強制するゲンパツなど
やはりクソくらえなのだ。

そんなシステムを当たり前のように受け止め
電気を使いたい放題使ってきた僕自身も
クソッタレである。









posted by キョー at 20:48 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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