2011年05月05日

どういうつもりだ!ブルーバレンタイン!!

ブルーバレンタイン観ました!(新宿バルト9)

いやーー、痛かった…。
ある夫婦の出会いの瞬間と別れの瞬間を交互に映してゆく作品。

あのーー、僕は30代未婚男なので観る前はあまり入り込めないんじゃないか…
なんて思ってたのです。
町山智浩氏が大プッシュしてるので気にはなるのですが、
「あんま関係ねーかなー」という感じで正直観るつもりもありませんでした。
で、ウィークエンドシャッフル、シネマハスラーでの宇多丸評を聴いてようやく重い腰をあげたというのが実情。

でねー、本当にそれぞれが置かれている立場によって感想はそれこそ十人十色だと思うんです。
で、僕の率直な感想は「ほれ見ろ!やっぱ結婚なんてするもんじゃねぇ」でした。
いくら互いの気持ちが燃え上がって何をしていても幸せな時があっても
それはいつか絶対に消えるし、
この映画のように離婚までは行かなかったとしても、
相手のとる行動がいちいち気に障ってムカついて、
また、一方はそんな相手の気持ちをなんとかつなぎ止めようとするけど、
思うようにならず…なんて例はいくらでもあるじゃないですか。
あるんですよね?

あるんでしょ?

色々聞いてますよ!?

もうこちらとしては「ほーれみろー」ですよ!

でね、宇多丸氏は花火に2人の過去が浮かび上がるという場面を指し
「それでも誰かを愛することは素晴らしいことだと表現している」
というような事をおっしゃっていましたが、
僕から見たら
「どんなに美しいものも、いつかは消える。儚いものなんだ」
と表現しているとしか思えませんでしたよ!

でですね、バルト9からの帰り道、
ウィークエンドシャッフルの放課後ポッドキャストを聴きながら帰ったのですが、
そこで実は主人公のディーン(旦那)ってオレそっくりなんじゃないか…と思い至り
そっからは地獄ですよ!

ディーンは音楽の才能なんかはあるんだけど、
その道には進まず
楽な仕事をし、言い訳を並べながら
「まぁあくせくしないで、のんびり楽しく生きるのがいちばんでしょ」
という感じで生きている男。
まぁ音楽の才能とは言ってもウクレレ弾きながら歌えるってくらいなもんなんですがね。

で、僕の場合も20代前半は就職もせずフリーターやりながらバンド活動にあけくれ、
後半になってもやはりフリーターで
でもバンドはもうやってなくて「いやーー、今音楽の方向性を模索中なんだよねーー」なんつって、でも実は模索なんて全然してなくて
このままダラダラと生きていたくて…。

これってディーンとどれだけ違うんだよおぉぉ!

で、そんなディーンを放課後ポッドキャストのヤローども
「幼稚な男」だとか「努力してるならまだしも…」だとかのたまってる訳ですよ!
さらにリスナーの30代のスケ
「若い頃は夢を追っているクリエイタータイプの男が好きだったけど、
やっぱり結婚するなら社会に順応していて生活費もきちんと稼ぐ男がいいと今は思う」
とかいう愚にもつかないメールを寄越しやがったりね。

わかってるよ!もうっ!!

今は僕もなんとか無事に就職しまして、
少ないながらも毎月安定した稼ぎを得ているわけですが、

よかったぁぁ!あの頃結婚しなくて!!

あぶねーあぶねー。

「こんなオレを受け入れてくれる可愛こちゃんがきっとどこかにいるはず」
なんて夢を見ていたり、
あぶねー。ディーンみたいになるところだったよーー。

といった具合に、冗談を絡めてナニカを直視することを避けてるのがバレバレですが、
いや、ホントにいてぇよ?
冗談絡めないと胸がズキンズキンしまくりですよ。

そんなナニカを直視する勇気がある方は是非観に行かれるのがいいと思います!
ほんと鬼畜の所業だわ、この映画…。
posted by キョー at 22:22 | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月03日

ぼくらが旅に出る理由!その街のこども 劇場版!!

『その街のこども 劇場版』観ました。(川越スカラ座)

公開当時は近くでやってなくて時間帯も合わず、泣く泣く断念したのですが、
このたび川越スカラ座で上映が始まったということで、
川越スカラ座えらい!!

はからずも3月11日の大震災を経ての鑑賞となったわけですが
あのような大震災の直後だからこそ、また違った考え方捉え方ができるのかなという気持ちもありつつ鑑賞しました。

もう結論から先に言っちゃいますが、
大傑作ですよ!これ!
今年ベストどころか、生涯ベスト級でした!!

子どもの頃、神戸の震災を経験した男女2人が
10数年ぶりに神戸に帰ってきて
夜の神戸の街を歩きながら改めて震災と、それがもたらした理不尽に向き合うという内容で、
こういう内容であれば、いくらでもウエットにというか、
ドラマチックに描けたと思うんです。
例えば、亡くなった友人の名前を叫びながら慟哭するとか、
「お互いにこの不幸を乗り越えていこう!」と力強く励まし合ったりとかね。
凡百の日本映画監督・脚本家なら間違いなくそうするでしょう。
そうする方がはるかに簡単ですから。
おそらくテンプレ的なものがあるんでしょうな、と皮肉を言いたくなる程
日本映画にはそういうモノが溢れています。

しかし、この映画はそういう安易な描き方はしなかった。
淡々としたタッチで2人がそれぞれのやり方で震災に向き合う姿を描いていました。

「淡々と…」というのは人物描写にも表れています。
普通であれば主人公2人はいわゆる「心に傷を抱えているけど、いい人」として描かれるでしょう。
もっと言えば観客が「かわいそう…」と思えるように描かれるでしょう。

しかし、実際の主人公2人は決して「いい人」とは描かれていません。
森山未來は素直じゃなくて露悪的な感じが出ていましたし、
佐藤江梨子の方は自分勝手で自由奔放な女性として描かれていました。

でもそれが決してイヤなヤツというわけではなく、
誰にだってあると思うんですよ。
実際人間には色々な面がある。
100%完璧な人間なんていない訳です。
誰にだってプラスの面もあればマイナスもある。
そしてプラス/マイナスは受け取る側の人間によって変わってくるわけです。
そういうどこにでもいる人間としてきちんと描ききっていたと思います。

要は型にハメていないんですよ。

で、型にハメないという事で言えば
最後、2人がどう震災と向き合うかというシーンで
2人がそれぞれ別の選択をしたこと。
森山未來が一見「逃げ」とも言える選択をし、
佐藤江梨子はそれを受け入れるのですが、
これは観る人の中には「えぇ〜!!?」と思う人もいるでしょう。

しかし、僕はそうは思いませんでした。
むしろ「頼むからこのまま終わってくれ!」と強く念じていました。
実際その通り終わってくれて
僕としてはこの時点で「神映画だ!」と拍手喝采だった訳ですが、
ではどうしてあのラストを支持するのか。
それはやはり「型にハメない」という事なんです。
震災への向き合い方を紋切り型に描かず、
それぞれのやり方、それぞれのペースでいいじゃないかと描いたことに
僕は作り手の真摯さを見たのです。

2人そろって震災に向き合えて乗り越える事ができて
あーよかったね、と描く事はとても簡単で誰でもそう描こうとするでしょう。
でもそれって考えてみれば傲慢ですよね。
実際に被災された方々の気持ちはきっと僕には想像も及ばないほどだと思うし、
また被災された程度によって微妙に濃淡があるんじゃないでしょうか。

それは今回『その街のこども 劇場版』を観て
恥ずかしながら初めて思い至ったことなのですが、
それを単純に分かりやすく描くってやっぱり傲慢ですよ。
それを作り手側は主人公2人に真摯に投影したのだと思いました。

あと、主人公2人がその道行きの始めから
「歩く/歩けない」「タクシーに乗る/乗らないで歩く」というやり取りを何度も繰り返すのが僕はこれが気になってて、これってなんだろうと映画が終わってからもずっと考えていたのですが、
これもやっぱり「震災にどう向き合うか」って事ですよね。
この偶然の道行きの過程で2人は震災に向き合い、
また向き合うきっかけ(たとえそれがまだおぼろげであったとしても)を得る訳です。
それって2人が再びまたここへ帰ってくるまでに要した「10数年」という長い期間の投影であり、
また近道なんてない、イージーな方法なんてないんだというイメージの投影なんですね。
どれくらい時間がかかるかはそれぞれ違うけど、自分の足で歩いていくしかないという。

だからこそ、佐藤江梨子が10数年ぶりに肩の荷をおろしたあとに
2人が走り出した場面は感動的なわけです。

そしてその場面に繋がるマンションのシーン。
僕は久しぶりに映画館で号泣しましたよ!
震災で亡くなった親友の、その父親を訪ねる場面なのですが、
ここでもまた型にハメない演出が。

佐藤江梨子がマンションのチャイムを押して「美夏です」と言うのですが、
普通だったら父親は「美夏ちゃん?ほんとにあの美夏ちゃんなのかい!!?今すぐ開けるから!」とエモーショナルに描かれるでしょう。

しかし、「あ、今あけます」と父親の反応はいたって平坦…。
一瞬、観ている方としては「え?!大丈夫か?」と不穏な空気すら感じるのですが、
しかし、その瞬間まさに父親が亡くした家族の喪に服していて
その気持ちを引きずったまま玄関に出てきたのだと考えれば、
そしてその後2人きりで死者の思い出や今の境遇を共有する時間を持てたのだと考えればこそ、その後の手を振るシーンに涙できるのです!

そして佐藤江梨子のそばには森山未來がいて
「おじちゃんに泣き顔なんか見せられない」と手を振れなかった佐藤江梨子の背中を押すように、一緒に手を振っている。
それぞれがそれぞれを支え合って、まさに今を生きている!
大きく、大きく手を振りながら!
なんという名場面!


という訳でですね、
冒頭でも申し上げました通り、大・大・大傑作ですので
まだ未見の方は、地方でもいくつか公開している様子ですので
万難を排して観に行かれることをおススメいたします!







posted by キョー at 20:45 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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