2010年08月16日

Crossing Borders

『フローズンリバー』鑑賞。

こういうのを「映画」って言うんじゃないですかね?
オープニングのカットひとつで主人公の女性の来歴を饒舌に語り、ラストで、それまで壊れて動かなかった、古びた回転木馬を動き出させる事で何かが動き出した事を象徴させる。

いわゆる「ホワイトトラッシュ」「レッドネック」などと言われる白人貧困層。それとマイノリティとしての先住民族。そこにシングルマザーという問題も絡み、まるで出口の見えない二人の女性の生活。
二人がそれぞれ子どもたちと住む家は、当然オンボロのトレーラーハウス。
白人女性のレイは日々をなんとかしのぐ為、また待望の新居を手に入れるために1ドルショップで働くが、夫が金を持って失踪。
少数民族の女性ライラもやはり日々をしのぐ為、また、夫を亡くし、義理の母に奪われた息子の元に金を送る為に働くが、それでは足りず、密入国を助けるという犯罪に手を染めていた。
やがてレイもライラと共に犯罪行為に浸かってゆく。

このあたりの描写はひたすら息苦しく、なんとか生きてゆく為に犯罪に手を出してもこりゃ仕方ないと思ってしまうほど。
それほどに二人からは明日が見えない。
レイは確かに新居を手に入れたいのだが、途中映し出される住宅パンフで「夢の生活」というようなキャッチコピーが施されたその家もまたトレーラーハウスなのだ…。

アメリカとカナダの国境を流れる川。凍てついたその川の上を車で行き来しながら密入国の手助けをする二人。
あやうい綱渡りの上でようやく成立するそれぞれの生活。

やがて氷が音を立てて割れ、車を呑み込んだとき、二人の凍てついた心も溶け、わずかな希望の光が差し込みます。
それは何も二人の経済的な問題が解決したとかそういう事ではない。苦しい生活はこれからも続く。
それでも二人の心を溶かしたのは、人と触れ合うことの温もりではなかったか。
こう書くとありがちな陳腐な結末と思われるでしょうが、それほど二人は孤立し、孤独だったのだ。
そしてそれは現代の日本人にとっても決して他人事ではないでしょう。
違法に国境を越えていた二人は、やがて人種を超え、それぞれが抱える事情を超え、孤立を超えていった…。
傑作です。

posted by キョー at 01:09 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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