2011年01月22日

悲しいラブレター、ソーシャルネットワーク

早くも本年ベストの呼び声高い『ソーシャルネットワーク』観ました!
(シネプレックスわかば)

事前の情報では「Facebookを立ち上げ、今や最年少億万長者として世界にその名を轟かせるマーク・ザッカーバーグが実はいかにイヤなヤツか」という映画だという話しを聞いていたのですが。

いや、僕は世に言われる若きIT長者とかいう人種が嫌いで嫌いで仕方ないのです。ヤツラはおしなべて冷笑的であり、過度に競争主義的であり、勝利至上主義的であり、効率主義的であります。そしてあまりにそういった傾向が強いため、人情とか、それに付随する様々な感情や行動といった人間が避けて通れない部分を「余計なもの」として切り捨てる。或いは始めから眼中にない。
自分でもなんて乱暴なカテゴライズ・レッテル貼りだと思いますが、メディアに取り上げられるそういった人種は不思議なくらいことごとくいけすかない、鼻持ちならない野郎どもであります。ホリエモンとかね。彼は今やIT長者と言っていいかどうか分かりませんが、どうしてこんな子になっちゃったんだっていう…。

一方で僕はそういったIT長者の鼻持ちならない野郎どもが創造した様々な便利なものを確実に享受しているわけです。Facebookはやっていませんが、便利だ便利だと言って日々ネット生活を楽しんでいる時点で、彼らの事を悪く言う筋合いはない。でも嫌いなんだよぉぉぉぉ!

そんなアンビバレンツに悶え苦しんでいる僕がこの映画をどう見るか。「わぁ!なんてイヤなヤツなんだ!」ってキャッキャ言う自分を想像していたわけです。

確かに自分を振った女の子への腹いせに、その娘の悪口をブログに書いたり、学内全ての女子の写真を入手し「どっちがかわいいか」投票させるサイトを立ち上げたり、Facebookに繋がるアイデアを盗んだり、会社成長の過程でずっと一緒にやってきた親友を騙し討ちのように切り捨てたりと、キャッキャ言える要素はたくさんありました。

しかし、ザッカーバーグがこっぴどく嫌われた元彼女に自分が作り上げたFacebookを通して友人申請のメールを送り、PCの更新ボタンをひたすら押しながら返事を待つ姿をカメラがとらえるに至り、僕はこのいけすかない、鼻持ちならない野郎に共感してしまったのです!
彼と彼が作り上げたFacebookは全世界を制覇した現代の全知全能の神です。Facebookには世界が内包されており、世界はFacebookに凝縮されている。
彼は彼女への愛憎を駆動装置にしてFacebookを作り上げた。彼女をギャフンと言わせ、自分の正しさを認めさせたかった。結果、その彼女もなんの屈託もなく(少なくとも劇中で屈託は描かれていない)Facebookを楽しむくらい、世界はFacebookに満たされた。
人と人が繋がる事を今までより一段も二段も容易にしたFacebookとそれを作り上げたザッカーバーグ。だけれど、当のザッカーバーグは満たされることがない。神の塔の上でザッカーバーグは孤独だ。その姿は新時代の神であるという点を除けば、僕と同じである。どっかのボンクラ学生と同じである。満員電車で見た不機嫌なサラリーマンと同じである。全ての満たされない魂と寸分違わぬ姿がこのシーンには立ち上がっていて、僕はザッカーバーグが愛おしくなってしまったのだ!

思えばこの作品に出てくる登場人物はどいつもこいつも空虚な人間ばかりです。いくらパーティーを繰り返しても、金を稼いでも、Facebookで繋がった気になっても、それによって幸せになったように描かれる人間は一人もいない。
どいつもこいつも自己愛に絡めとられ、自分の存在証明、ステータスアップに明け暮れるばかりで、他者との繋がりは希薄だ。
それはこうして映画の感想をブログにシコシコ書いている僕の姿に見事に重なる(パーティーの部分、金の部分以外は)。
せっかくキャッキャ言おうと思ってたのに、まさかこんな痛い思いをするとは!!

で、そんな人間ばかりが出てくる中でエドゥアルドのPCブチ壊しシーンはグッときたなぁ!あれは空虚に満たされた世界に響き渡った人間の魂の叫びですよ!エドゥアルドからザッカーバーグへの悲しいラブレターなんです!「おまえの事がこんなに好きなのに!」「なんでおまえは!」っていう。最近の映画の中でも屈指の切ないシーンですね。

すれ違いながらそれぞれの人生を行く若者たち。そういう意味では青春映画としても名作であり、できればもう一度劇場で観たいと思います!




posted by キョー at 22:02 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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