2011年08月04日

トラヴィス・イズ・バック、或いは暴力の向こう側。スーパー!

『スーパー!』観ました!(シアターN渋谷)

結論から言ってしまいますと、
傑作!みんな観ろ!

序盤は主人公オヤジのマヌケっぷりをこれでもかって見せていきます。
人生であったたった二度の最高の瞬間を描き、壁に貼るオヤジ。
犯人を追う警官に「あっちです!」と教え、変に誇らしげなオヤジ。
敵役のクルマを人差し指でピトッと触るオヤジ。
キリスト教福音派ヒーローに感化されるオヤジ。
「自分は選ばれた人間である」という標語を部屋に貼るオヤジ。
待機するオヤジ。
ブリーフのオヤジ。
「それは反則!」と叫ぶオヤジ。

「こいつ、マヌケだなー」とゲラゲラ笑いながら観てました。
でも笑いながらも「実はそんなに自分と違わないんじゃ…」なんて事も思ったりして
心がチクチクしたりしてね!

でもそうやってゲラゲラ笑って観られるのも最初だけです。
「自分は選ばれた人間」のくだりで既に何か不穏な空気が漂ってはいたんだけど、
オヤジがどんどんサイコパス化してくというか、
『タクシードライバー』のトラヴィスそっくりになってくというか。
一応、オヤジは奥さんを取り戻す為に「悪を倒す正義のヒーロー」という設定を自分に課したはずなのに、
端から見たら「単なる殺人鬼じゃん!」ていうね。
僕自身、子どもの頃ウルトラマンや仮面ライダーを見ながら
「これ正義の味方っていうけどさー、悪者の方から見たら、自分らが正義で仮面ライダーが悪だよねー。」なんて言ってた、いけすかないガキだったので、こういう描写は大好物です!!

もう最後は韓国映画か!!ってくらいの描き方をしていてサイコーでした!

そうです。この映画はあの映画史に残る大傑作『キック・アス』ですら踏み込まなかった、
正義の名の下に振るわれる暴力の「その先」までをも描ききったのです。

で、僕はキック・アス評
「映画は最高だが、人を殺したオトシマエを描いていない。普通の人間が人殺しをしといて彼女とチューじゃ納得いかん!」と書いた訳ですが、
『スーパー!』はそれとは真反対の描写をしています。
一応、幸せになる人間も出てくるには出てくるけど、
それも監督の誠実さの現れでしょう。
だって「社会にとって悪の存在」が殺されたのですから、
それを背負いこんでしまう人間もいれば、同時に平穏を得られる人間もいるのは当然。
それを描いた上で監督は
「暴力、どうですか!!!!!?」とコチラ側に投げかけている。

僕は「暴力、ダメ、絶対」「戦争、アカン!」と最初から声高に叫んでる映画は好きではありません。
僕自身はそういう映画に対して「教科書を読んでるよう」という表現を使いますが、
そんな分かりきった事、教条的な事を叫ぶだけなら、映画を観に行く意味はない。

そうではなく、ある行為が引き起こす様々な事象を描いた上で、
「ほら、どうだ!」とこちら側の価値観を揺さぶってくる映画こそが映画であり、
映画を観に行く価値があるのだと思っています。

総合的に『キック・アス』より上とまでは言わないけど、
エンターテイメントとしても充分以上に面白いし、
『キック・アス』のその先にまで踏み込んだという点で、
僕にとって『スーパー!』は『キック・アス』よりある意味では上。
生涯ベスト級と言ってもいいくらいの映画でした!




posted by キョー at 06:59 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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