2011年04月06日

エレクトリック原発ランド

前々回のエントリで、僕は「我々の言ってた事が正しかった」とアピールする反原発派に対し
「僕自身も原発に対しては反対の立場だし色々と思う所があるが、今は黙ってろ!」というような趣旨のことを書いた。

正直、あれから僕の気持ちは揺れ続けた。
今は自分の正しさをアピールする時ではないと思った事は事実だ。
だけれど、「黙ってろ」という言葉はどうだったのだろう…。
結局それって横並び強制の全体主義的な考えじゃないか。
それは僕のもっとも嫌悪する思想だったはず。
であるにも関わらず僕は間違いなく「黙ってろ」と思ったし、
それをブログに書いた。

結局いつだってそうだ。
オウムの事件の時だって、9.11の時だって
僕は頭に血が上ると、
普段の考えとは真逆なことを平気で思い、口にする。
オウム信者など片っ端から逮捕してしまえ。
イスラムのキチガイ野郎共をコロセ。
僕の中には間違いなく「ケモノ」が棲みついている。
その「ケモノ」は
自分が想い描く世界が危険に晒されたと感じた途端牙を剥く。
いつだってそうだ。

今回はその牙がよりにもよって立場を同じくする反原発派に向けられた訳だ。

そう。ここまで読んでもらえれば分かるように、
これは「言い訳」だ。
僕は「黙ってろ」と書いたことを後悔している。
「あんな事書かなきゃよかった」と溜め息をついている。

僕は改めて表明したい。

「ゲンパツなんてイラネ」。

「原発に代わる電力があるか?」だって?
知るかバカ。
ゲンパツに代わるものがあるかどうかではない。
こんな事態を引き起こすゲンパツなどというものは使っちゃいけないのだ。
ひとたび事が起こればこれ程の災厄を撒き散らす原子力などというモノに
人間は手を出してはいけないのだ。
ゲンパツ無しでやる方策を考えるしかない。
たとえ「国力」が落ちようとも。
大量の放射線が絶え間なく降り注ぎ、
人間が住めるか住めないかというギリギリのラインにまで事態が緊迫するより
なんぼかマシか。

そしてそんなモノの最前線で、
常に放射性物質漏洩の危機に晒されながら働く人、地域。
そういう人々や地域の存在を強制するゲンパツなど
やはりクソくらえなのだ。

そんなシステムを当たり前のように受け止め
電気を使いたい放題使ってきた僕自身も
クソッタレである。









posted by キョー at 20:48 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月13日

僕たちは終わらない

本当に酷いことになっている。
見た事もない映像の波は、
僕の心の許容量をとっくに超えてしまっていて、
僕は恐怖におののくことしかできない。

何を言えばいいのか。
何を書けばいいのか。

正直わからない。
考えられない。

反原発の運動をしてきたグループが
「我々が長年にわたって訴えてきた事が現実になった」と言ったという。

僕だって原発に関しては反対の立場だし、
今回の地震によって危険な状態になっている事に関して言いたいことはある。

でもいちばん言いたいこと。
それは、
「オマエら、たのむからダ・マ・ッ・テ・ロ

いますべき事は己の立場の正しさをアピールする事ではない。
今、この瞬間、
メルトダウンの最前線で、
己の命を危険に晒しながら
それでも最悪の事態を防ぐ為にあらゆる経験と知識を活かし団結して力を尽くしている人たちが
無事家に帰ってくるのを祈る事だ。

検証すべきことがあるなら、その後でいい。

原発だけではない。
政治家・消防隊員・自衛隊員・病院関係者・警察・公務員・企業・マスコミ・一般市民・あらゆる立場でそれぞれが出来ることに力を尽くしている人たち、
いまだ恐怖と不安の中で救出を待つ人たち、
あらゆる人々が彼らの家に笑顔とともに帰ってくるのを
僕は祈っています。
家を失ってしまった人たちが絶望を超えて新たな我が家を得る日が来るのを
僕は祈っています。

そして微力ながら僕自身に出来る事を探そうと思います。




posted by キョー at 15:33 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月14日

東京少年

今回の『東京都青少年健全なんちゃら』『非実在なんちゃら』とかいう、
あまりにも、あまりにも時代の先端を行き過ぎて、ディストピア的感慨すら抱かせる条例について触れたい。

というか、僕自身この問題についてはムカつく矛先があまりに多すぎて、なかなか考えをまとめられないのだが、
僕の立場としては、この条例についてはハッキリと『NO』である(慎太郎オマージュ)。

『表現の善し悪しの判断を行政・政治に任せる』
この言葉になんの気持ち悪さも抱かないのであれば、あなたは相当末期的だと思う。
エロ表現、犯罪表現…。
物語は物語自身を駆動させる多くの非健全的(笑)な表現を内包するものだ。
このエロは良くて、このエロはダメなどと誰が決めるのか。
強いていえば、それは読者自身である。
そこに描かれているものに、ひたすら嫌悪感を抱くのであれば
読むのをやめればいいのだ。
作家や出版社に抗議するのも、それは自由だと思う。

ただ、それを行政機関がやるとなると話しは違ってくる。
行政機関は僕たちがそれ(善し悪しの判断)を託せるほど信頼できるものなのか。
絶対的なものなのか。
ヤツらは、『条例』という絶対的なモノを手に入れて
いくらでも恣意的に判断できる。
付帯決議(運用は慎重にという内容らしいが)など、都議会民主党の裏切りに対する言い訳に過ぎない。

そもそも表現の善し悪しを判断する感性に「絶対」なんてもんはない。
人間一人ひとりが少しずつ違った感性を持ち、
それによって判断するしかないのだが、
今回の条例で僕ら(というか子どもたち)の感性は「未熟」で「危うい」ものとして否定され、その判断機会を取り上げられてしまう格好になる。

そう、東京都は「子どもたちを守る」などと美しげな事を口では言いながら、
実のところ全く子どもたちを信用しておらず
「放っておいたらすぐ犯罪に走る危険な存在」とみなしているのだ。
それは、今回の条例を出したのが東京都の「青少年・治安対策本部」という部署であることからもよくわかる。
東京都は「青少年」と「治安対策」をパッケージとして考えているのだ。
ふたつの言葉を分かりやすく言いかえてみよう。

「若いヤツらは」「すぐ犯罪を犯す。なんとかしよう」。

東京都が美しげな言葉を使う裏で
根底のところで若いヤツらをどういう目で見ているのか。
これ以上ないくらいによく分かると思う。

あとね、PTAなんかがこの条例に賛成しているわけだけど、
気持ちはわからんでもない。

ヒドイ性描写が描かれているマンガやアニメがあって、
それが子どもでも容易に見れる環境にあるのは事実だと思う。
それが不快だってのもわかる。

でも、結局不快か不快じゃないかって所で規制をかけようとすると、
それは人それぞれの感性によるものが大きい分、
どうしてもムリが生じるわけ。
なんでこれが規制されて、これが規制されないのかってのがどうしたって出てくる。

それでも規制されるべきって事になれば
もうあらゆる性描写を子どもの目につかないようにしなければ
色々な矛盾が出てくる。

で、子どもに対し「性描写」「性行為」を無いものとするならば、
そしてそれが「子どもが健全に育つ、健全な社会」とするならば、
そんなものはまさに「ウソで塗り固められた、ディストピア」である。

「性」って「健全」じゃないの?
PTAの人たちだってセックスして子ども作ったんでしょ?
自分たちのした事は「不健全なこと」として子どもに教えるの?

もちろん子どもに過激な性描写を見せる必要はない。
特に幼児や小学校にあがったばかりの子どもが
あまりに過激な性描写を見た場合、トラウマになる可能性だってある。
だが、性に興味を持ち始めれば、子どもは全力を尽くして性情報にアクセスする。
それが決して重大な犯罪行為につながらない事は
多くの大人が経験として共有しているはずなのだが。

そもそも「不快だから」「不健全だから」で規制されるのがオッケーならば、
それこそ世の中のあらゆるものが規制の対象になってしまう。
何度も繰り返すが「快・不快」「健全・不健全」は個人によるところが非常に大きいからだ。
そんなものに権力が介入する社会は碌なもんじゃないって話しである。







posted by キョー at 23:12 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月18日

Atitude

冬期オリンピックを賑わしている、スノーボード「国母問題」。
その国母は今日のハーフパイプ決勝で8位入賞という結果を残した。
僕は「くだらん。実にくだらん」と今回の「騒動」とやらを傍観していた訳だが、
国母の競技が終わった事で、この騒動のくだらなさ、それが発する「腐臭」のようなものがよりはっきりと浮き上がってきたように思う。

というのも、昨日今日で突然「実は国母ってこんなにいい人」という美談ぽい報道をあちこちで見かけるようになったからだ。
「いやー、こんなに友だち思いでね…」くらいならまだしも、
難病に罹ったプロスノーボーダーまで引っ張りだし、
いかに国母が彼の力になったのかを「あんな格好で、あんな態度で世間様を騒がしてるけど、でも実はこんないい子なんですよ…」的に報じている様にはゲップがでるってものだ。
一応断っておくが、僕は難病に罹った彼やスノーボーダーや国母を批判しているのではない。
服装とか態度とかで国母を批判していたメディアや人々が
それとは外れたところ、「実はこんなにいい面があるんだよね…」的な文脈で彼を「こちら側」に引きずり込んだつもりになり、
その上で咀嚼し消化しようとする様に吐き気がするのだ。

そこじゃないよね!?あんたらがギャーギャー騒いでいたのは!

おまけに「今回の騒動によって、彼はスノーボードに対する注目度を上げることに貢献したと言えるのではないでしょうか」とか、
「スノーボーダーに対する偏見を持っていたが、これからはそんな偏見を持たないで見ようという気になりました」などと宣うキャスターまでいる始末!
よく恥ずかしげもなくこういう事を言えるよ。
「ゲス野郎」とはこういう手合いを言うのだ。
彼らこそ「慎み深さ」とやらを覚えた方がいい。

国母に対して「日本の代表として」とか「いい大人なのに」などと言っていた側も所詮こんなものだ。
自称「モラリスト」、自称「大人」なんてこんなもん。

国母は国母の道を行けばいい。
posted by キョー at 20:03 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

East and West

日本が誇る二大ガッカリ知事がまたまた色々と物議を醸しています。
まず石原慎太郎くん。

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石原知事、五輪招致150億円「痛くもかゆくもない」

 16年夏季五輪招致で敗れた東京都の石原慎太郎知事は9日の定例記者会見で、税金100億円を含む招致活動費150億円について「財政再建の余剰分であり、東京の財政は痛くもかゆくもない」「余剰分で夢を見ようと思って(招致活動を)やったのは間違いじゃない」と述べた。
(asahi.com)
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まったく何様なんでしょう、この人は。それ都民の税金なんですけどね。
「夢」もいいけど、今ある現実をなんとかしてくれっていう人も多かったと思うんですが。
まぁ都知事就任の時、「なにがムダって言ったら、まず福祉だ」とのたまい、福祉予算を次々に削ってきた人ですから、そんな発想はまったくないんでしょう。まったくガッカリな知事です。

あー、あと今回の五輪招致活動には多くのアスリートが参加していましたね。これもガッカリ。なにやら最近は「日の丸を背負って」「日本を背負って」という勇ましい言葉を好んで使う彼らですが(ちょっと前までは「楽しみたい」と言う人が多かったんですが、隔世の感があります)、彼らはその「日本」を構成している人々の生活の苦しみまでは想像が及ばないようです。

さて次は橋下徹くん。

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橋下知事、批判メールの女性職員に厳重注意

 大阪府の橋下徹知事は8日、全職員に一斉送信した知事メールに対し、批判する返信をした保健所勤務の40歳代の女性職員と、上司の所長(管理監督責任)を厳重注意処分にすることを明らかにした。

 橋下知事は1日夜に全職員に送信したメールで、府が約380億円の損失を被った紀の川大堰(和歌山市)事業を巡り、「恐ろしいくらい、(職員の)皆さんは冷静です。民間なら、組織あげて真っ青ですよ!」などと、公金に対する意識の低さを指摘した。

 これに対し、この職員は「このメール配信の意味がわかりません」「文も論理的でなく、それなりの職についている人間の文章とも思えません」と知事に返信。「愚痴はご自身のブログ等で行ってください」「(この)メールを読む時間×全職員の時間を無駄にしている」などと記した。

 橋下知事は府庁で報道陣に対し、「上司に対する物言いとして非常識。民間ならあり得ない」と怒りをぶちまけ、「府民の代表に物を言っている自覚が足りない。どこかでけじめをつけなければいけない」と、処分の理由を説明した。
(yomiuri.online)
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この他にも「オマエ呼ばわりするメールもあるんですよ!考えられます?」などと吠えていましたね。いや、そりゃオマエ呼ばわりはいけません。
でも橋下くんも確か「クソ教育委員会」とか言ってませんでしたっけ?そう考えれば府知事を「オマエ」呼ばわりした府職員は、橋下府政の忠実な体現者とも考えられるわけです。自分が言われたら怒るなんて、器が小さくありませんかね?

そもそもこの知事と職員のメールは、批判や意見も大いに結構、「組織の風通しをよくする」という名目で始まったはずですが、実際にちょっと意見するとこのように大々的にメディアに晒されるわけで、これじゃ意見なんかする人はいなくなるんじゃないですか。
事実メール内容を晒された人は少なくとも「オマエ呼ばわり」はしておらず、「メールを読む時間がムダだ」と言っているだけです(これも「ムダ削り」に邁進している橋下府政の忠実な体現者とも言えなくもありません)。率直に言えば「キレるポイントがわからない」。少なくともメディアに晒さず、内部で処理すべき問題でしょう。

そして「民間なら有り得ない」という橋下くんお得意の「民間なら」論が展開されてる訳ですが、公の場で「クソ」呼ばわりする事こそ民間では有り得ないでしょう。「クソ」呼ばわりが橋下くんの「民間なら」論に照らして「アリ」だとするなら、「オマエ」呼ばわりだって「アリ」じゃないですか?て言うか「クソ」と「オマエ」を比べたら、「オマエ」の方がまだ若干いいかも、というのが僕の感想です。
そしてトップに意見するのが民間では有り得ないと言うのなら、それはその民間企業の方が間違ってるでしょう。なんでもかんでも「民間が正しい」という妄想は程々にしたらどうですかね。

posted by キョー at 12:16 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月02日

未来は僕らの手の中

総選挙が終わりました。
結果は大方の予想通り民主党の圧勝。
自民・公明両党は(「やっとかよ」と思わなくもないけど)歴史的な惨敗を喫し、政権交代がいよいよ実現しました。

時代は動きました。
民主党は労働者派遣法、後期高齢者医療制度、年金制度、郵政民営化などの見直し、母子加算の復活などをマニフェストで謳っています。
これはぜひ早急にやっていただきたい。
しかし、不安もあるわけです。
民主党議員の中にはこれらマニフェストに謳っているはずの政策に公然と反対の意志を表明している人もいる訳で。
労働問題、福祉だけでなく憲法・安全保障分野に関しても同様です。
あまりにも党員の間で考え方に開きがある。
これに社民党が入ってくる訳だから
はっきり言ってカオスです。

社民党は大丈夫なのでしょうか。
同党は僕自身の考え方に非常に近い政策を打ち出しているので
大いに期待したい部分もあるのですが、
やはり現実に民主党政権に参加するとなると
どうにも無理があるんじゃないかと思わざるを得ません。
獲得議席が7という中で発言力がどれだけあるのか、
党是と連立政権参加という現実の狭間で
社民党が何をどう選択していくのか。

だいたい何故民主党なのか。
何故社民党と共産党はくっつけないのか。
政策傾向から言えば社共合同の方が遥かに自然に思われるのですが。
両党の意地の張り合いだか何だかは
日本のリベラル運動にとって大変な損失だと思う。
志位と瑞穂はいい加減チュウしちゃえよチュウ、と願っているんですがね。

さて、日本の政治はどれだけ変わるか。
気になるのは、この間、民主党が脱・官僚、脱・霞ヶ関を謳って、
いわゆる霞ヶ関的なるものに対しさかんに攻撃を行っていることです。
また「ムダを削る」とも言っています。
これはかのコイズミ・ムーヴメントの悪夢と軌を一にするもので、
なんとなく、官僚は良くないよなとか、ムダ使いはそりゃダメだよなとか、そういった「気分」には非常に訴えるものではあるけれど、
官僚制度の何がどうダメなのか、
「ムダ」って例えばなに?とか、
色々と疑問点はあるわけです。
全国各地に目を移せば、福祉とか公的保障分野を「ムダだムダだ!」とガンガン削る橋下的な政治家が隆盛を誇ってるわけで、
ここを一歩違えると悪夢はこれからも続いてく事になりかねず、
今後も引き続き注視して見ていく必要があると思います。

悪夢を終わらせること。
悪夢を終わらせる権利は僕らの手の中にあると実感できること。
それこそが今回の政権交代の意義であるべきだと思っています。










posted by キョー at 21:07 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月30日

Wouldn't it be Nice

期日前投票行ってきました。
うちの選挙区は自民党、民主党、幸福実現党が候補者を立てています。
これが非常に悩ましい。
カルト右翼政党の幸福実現党は最初から選択肢に入りませんし、
このような社会状況を作り上げた自民党も話になりません。
で、こりゃ民主党一択だな…とどんな候補者なのか調べてみたら、
よりによって改憲派…。
元々民主党にはどうしても不信感を持ってるんだけど、
それでもせめて護憲派なら(もちろん他の政策も見た上でですが)入れようと思ってただけに残念。
人生初の白紙投票となってしまいました。

巷でもてはやされてる「二大政党政治」になっても
これじゃ選択肢も何もあったもんじゃないと改めて思ったり…。

で、比例は共産党に一票。
ほんと共産党の議席がこれ以上減るとヤバいんで。
民主党に入れようと考えてる人も、
まぁ民主党はもう勝つと思うんで
比例ぐらい共産党に入れてやって下さいよ。
今の政治状況にカウンター入れられる力と
しつこさを持ってるのは
共産党くらいだと思うんで。
だってこれだけ「党名変えたら?」と言われて
頑として変えないなんて相当なもんですよ?w
志位和夫が共産主義の夢をしつこく見てるうちに
世の中が一周回って「蟹工船」が売れまくったり
マルクス本がじゃんじゃん出ちゃったりしてさ。
訳わからんパワーがあるw

さて日付が変わって今日はいよいよ投票日です。
4年前、全てが変わってしまったあの日以来、
最悪のデッドエンドに向って深くアクセルが踏まれたあの日以来、
あらゆるモノを奪われ続けてきた私たちが待ちに待った日。

選挙行ったってどうせ変わらないなんて言うなよ。
面倒くせぇなんて言うなよ。

ちょっと投票所に出かけて行って、ちょっと紙に書きゃいいだけなんだぜ。
それだけで、この息の詰まるような社会がガラリと変わるかもしれないんだ。
こんな素敵なことってあるかい?

選挙、行こうぜ!





posted by キョー at 01:14 | TrackBack(1) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月24日

幸せってなんだっけ?

麻生総理が「結婚資金が足りない若者が多く、婚期の遅れから少子化につながっているのではないか」という学生の質問に対し、「金がないなら結婚するな」と発言したり、舛添厚労相が派遣村の件に関し「大字な税金を怠けている連中に払う気はない」と発言したり、トップの連中がこんな体たらくじゃ、自民党の貧困問題や社会福祉に対するスタンスがよく分かるというものです。

まぁ今までだって十分わかってたつもりだけど、投票日が間近に迫って来たこの期に及んで、こんな事を改めて言えちゃうんだもんなぁ。根深いですよ、これは。
で、また未だに貧困問題は自己責任、頑張りゃなんとかなる!と思っている人も結構いたりするんだよね。頑張ってなんとかなるのはごく一部ですよ。たとえみんなが同じように頑張れたとして(頑張れるわけないんだけど)、でも零れ落ちる人は必ずいるわけで、それがあなた方の好きな「自由競争社会」でしょうよ。
で、構造改革や新自由主義経済によってそれが更に加速されたと。僕は前回総選挙で熱狂的に小泉自民党を支持した人たちを許せない思いがどうしてもある。いまだに。そういう意味では自己責任だけどさ。でも、支持なんかしてない俺らまでとばっちりを受けちゃうっつうのが何ともね。それが民主主義ってもんだけど。あぁ!素晴らしき世界!難しい。民主主義って。でも、投げ出しちゃいけない。今の民主主義がベストかは分からないけれど、悩んで粘って手放さないだけの価値があるって僕は思っています。
で、今度は民主党らしいんだけど、前回の小泉に行ったある種の「熱狂」のようなもの、「空気」のようなものが、そのまま民主党にスライドするだけじゃ全く意味がない。対象が変わっただけじゃ何も解決しない。「空気の暴走」は近い将来、また繰り返される。
「思考停止」ではなく面倒臭くても「考えつづける」こと。どんなに「政治になんか興味ない」「分からない」と言っても、近代社会に生きている限り「政治」から逃げることはできない。どこにいても「政治」はあなたを絡めとる。だからこそ、僕らは少しだけ立ち止まって、考えなきゃならない。「幸せってなんだっけ?」と。僕らの幸せを最大限にするために、どんな政治を望むのかを。自殺者3万人超の国が幸せな訳がないのだから。

さて、断末魔の自民党でありますが、HPを見ればこれでもかというくらいのネガキャンを展開しています。保守右派の人たちの好きな言葉を借りれば「品がない」w
美しい国、日本の政権を担っている政党のやることか?金輪際「美しい、奥ゆかしい、凛とした日本」について語るのはやめなさいw
posted by キョー at 16:41 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月21日

国旗はためく下に

民主党が日の丸を切り刻んだ上で2枚重ねにして
民主党党旗として掲げた事が話題になっています。

いやはや、なかなか独創的というか
DJ的というか、DIY精神に溢れているというか、
アナーキーですなぁ。
卒業式で「日の丸を掲げろ、君が代を歌え」と監視しにまで来たり、
「教室にも日の丸を掲げろ」と意気盛んな民主党議員も多い中で、
僕は今回の事件?の方に喝采を送りますけどね。

たかだか「旗」じゃん?
敬意を払えとか
あきれ果てた所業、根性が腐り切っている(by津川雅彦。それにしても
彼のブログはネトウヨそのまんま。実に興味深い)とか
はぁ…、めんどくさ。
敬意を払うか払わないかはこちらの勝手でしょ。

自称中道というか無党派層っぽいブロガーなんかも
「好き嫌いは別にして、最低限の敬意は払うべき」なんて
物わかりのいい事言っちゃってる人多いし。
たかが「旗」に「敬意を強制される」事が気持ち悪いんですけど…。「べき」とかなんとか言っちゃってさ。
日の丸が好きとか嫌いとかじゃないんだけどな…。
「敬意」を強制するなら、
それじゃあなたたちの嫌いな北朝鮮と一緒じゃん。

「違和感」を表明することも許されないような空気。
まぁ今回の件はそんな高尚なもんでも何でもないんでしょうけど、
「日の丸」や「君が代」の周辺にはそんな空気が蔓延している気がしてなりません。
そういうのが嫌なんだけどな。

メキシコ五輪でのブラックパワー・サリュートとか
ギター1本でアメリカ合衆国国歌をズタズタに切り刻んでみせたジミ・ヘンドリックスに共感する身としては。

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メキシコ五輪:ブラックパワー・サリュート



The Star-Spangled Banner / Jimi Hendrix





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2009年08月10日

罪と罰

ここ数日というもの酒井法子の覚醒剤疑惑に日本中が踊りまくっています。
僕自信も非常に大きなショックを受けています。
過去、酒井法子のファンであったことはないけれど、
やはり世間で言われているように、
酒井法子には「清純派」というイメージがあったし、
こんな覚醒剤とかからは最も遠いところにいるイメージというか、
考えられなかった訳ですよ。
クラブに出入りしていてDJまでしてたとか、
レイブにも参加してたとか、
タトゥー入れてたとか、
今回の事で初めて知った訳だけど、
それを知ってたとしても「へぇー、以外とワイルドな一面があるんだね…」と思いはしても「ジャンキーなんじゃね?」と短絡はしなかっただろうし。
「だってノリピーだよ?」って、それくらいの存在な訳です。僕らの世代にとっては。
とにかく「酒井法子」と「覚醒剤」というのは、
とてもじゃないけど結びつくものではなかった。

さて、どうなんですかね。真相は。
不自然な事がとても多い。
最初、夫とともに職質受けた際に迎えに来た知人てのは誰なんだ?とか、
「逃げてたわけではなくて、動揺してどうしていいか分からなかった」というような事を言っているみたいだけど、
いやいや、覚醒剤反応が消えるまで逃げてたんでしょ?最初からそのつもりで手際よく衣類とかカップラーメンとか買い込んだんでしょ?とか、
山梨の携帯電波の件は何?とか、
実際はどこにいたの?誰といたの?とか、
子どもを知人に預けたとか、50万送金したとか、
わかってる範囲で事件全体を俯瞰してみても、とても1人のアイドルが全てやったとは思えない手際の良さです。
酒井法子の供述内容が報道されるたびに、「よく言うよ」と思ってしまうし、
起訴できるか微妙なんて言われると「うまく逃げたもんだ」と思う。

ここでいったん話題を変えます。

さて、いよいよ裁判員制度が始まりました。
この裁判員制度、僕は前から疑問を持っています。
なんか「より市民感覚に沿った司法実現のため」なんて事が言われていますが、
現在の司法の問題が「市民感覚に近いか否か」という事にあるとは僕は思いません。

・「人質司法」(自白しないと拘留期間がどんどん長くなる)
・「密室司法」(取り調べ室は密室であり、内部での取り調べでの過程が外部からはわからない)
・「代用監獄」(被疑者を拘置所ではなく、警察内部の留置所に拘留することにより長時間・連日の取り調べが可能)

これら日本の前時代的な司法の現実こそが問題であり、
またそこから生まれる「冤罪」こそ問題だろうと思うのです。
(詳しくはこことかここ

裁判員制度は冤罪の歯止めとなるでしょうか。

司法の大原則に「疑わしきは罰せず」とか「疑わしきは被告人の利益に」とか
「たとえ100人の真犯人を逃そうとも、1人の無辜を罰することなかれ」
といった考えがあります。

翻って今の日本はどうでしょう。
メディアも文化人も一般市民も「推定無罪」なんて言葉にまるで無頓着であるかのように
「疑わしきは罰するべし!」と声高らかに叫んでいるのが現実です。
これこそが「市民感覚」であるとするならば、
まさにこれからの日本は厳罰化の方向へ進むだろうし、
冤罪のバーゲンセールになりかねません。

「冤罪被害者になること、これほど恐ろしいことはない」(by ライムスター宇多丸)

さて、話は酒井法子の事に戻ります。
酒井法子関係の報道を見ても「推定無罪」の原則は無視されています。
「覚醒剤を使用した」と自白しても、自宅からDNAのついた吸引器具が見つかっても、
罪が確定する訳ではありません。
それなのに、誰も彼もがまるで酒井法子が極悪人であるかのように叩く。
そして、前半でも書いたように
その報道を見ている僕もまた…。
まったく最低のクズ野郎です。
エラそうな事を書いているわりに、このザマだ。

でもだからこそ裁判員制度の行く末を案じるのです。

まとまらないエントリーになってしまいましたが、
今日のところは以上です。


posted by キョー at 21:23 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月13日

Voices and Choices

昨日行われた都議選は大方の予想通り民主党が議席を伸ばしました。
都議会の民主党なんて石原べったりだったけどさ。
今回の都議選では政権交代へ向けての前哨戦という位置づけが
大きなウェートを占めた訳だけど、
それでも少なからず対石原都知事という色を出してもいる訳で、
そういう意味でこれから民主党がどういった都政を行っていくか
注目していくつもりです。
とは言え、今までの親石原としての都議会民主党の総括は、恐らくまったくなされていない訳で、
どうにも信用できない訳ですが。

自民党は思ったほど議席を減らさなかったなという印象です。
とは言え、それは「最悪よりはちょっと良かった」という程度で、
自民党にとっては何の救いにもならないでしょう。

最悪だったのは共産党です。
議席を大幅に減らしました。
都議会や、国政の混乱、生活における不安・不満は共産党にとって追い風にはならなかった。
参院選に続いての大敗になった訳です。
このご時世に共産党が伸びないというのは
共産党の戦略に何か決定的な欠点があるのではないか。
僕個人としては共産党に共感する部分は非常に多い。
いいことも言っている。
選挙になれば、共産党に入れる事が多い。
だけど、なにしろクソ真面目すぎる。
共産党のビラを見てもなんも面白くない。
真面目に真面目な事を書いてあるだけだ。
志位氏の演説も聞いた事があるが
真面目に真面目な事を言っているだけだ。
ワクワクしないのだ。
ドキドキしないのだ。
思わず拳を握りしめるような、気持ちの高揚がないのだ。
面白くない、夢のない、ただただひたすら真面目な話など
誰も聞かない。
拷問のようなものだ。

共産党には是非「アピールする」という事を研究してほしい。
せっかくいい事を言っているのに、
それを届ける事ができないのは大きな損失だ。

そして、公明党ですよ。
まさか、まさかの議席増!
いや信仰の力というのは底知れません。
現実を見る目を曇らせるほどに。

それにしても投票率50%ちょっとですか…。
前回よりは増えましたがガッカリです。
僕も今まで全ての選挙に行った訳ではありませんから大きな事は言えませんが、
今この時期に行かないでいつ行くよって話ですよ。
投票権を放棄できるほどに危機感がないのか、
それとも危機感はあるけど投票に行くのが面倒なのか…。
いずれにしろ、不思議なメンタリティーではあります。

今の日本の惨状を招いたのは
なにも自民党の責任ばかりではなく
こういった有権者の投票行動にも責任と原因があると言わざるを得ません。
て、かなり上から目線ですけどね。
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2009年06月28日

Speak like a Child

この国の政治状況は酷い有様だ。
でも、ただでさえ酷い状況の中においても
その酷さにさらに輪をかけて酷い法案、ぶっとんだ法案が出てくるものだから困ってしまう。
例えば「共謀罪」とかね。

で、今は「児童ポルノ」だ。
児童に対する性的搾取を規制する事にはもちろん賛成だ。
児童が出ているポルノビデオ、雑誌なんてクソくらえだ。

最初に今回の法案に関して聞いたのは
いわゆる「二次元」と言われるゲーム、アニメ、マンガにも
その規制の輪を広げましょうという事だった。

僕にその手の趣味はないけれど、
まずこの時点で「んんん?」と思った。
実写によるビデオ、雑誌とは違って、
ゲーム、アニメ、マンガにおいては実際的な被害を被る児童はいない。
だがロリータ趣味の大人というのは(男女関係なく)実際にいる訳で、
「二次元」まで規制された場合、
そういった人たちの性的な捌け口はどこへ向うのだろうという疑問は
当然浮かぶわけで。

この時点で「これはないんじゃない?」と思っていたが、
社民党衆議院議員・保坂展人氏のブログを見て、
懸念は決定的になった。

保坂展人のどこどこ日記『Santa Fe』を1年間で処分すべしとする与党案に驚く

まず、宮沢りえの『Santa Fe』を児童ポルノであるか芸術であるかを断ずるのは
往々にしてその人の主観に左右されるものだろう。
例えば、僕は『Santa Fe』が出版された時、めちゃめちゃコーフンした。
だが、一方で巨匠・篠山紀信が撮影した紛れもない「芸術作品」であるという評もあり、
「へぇー」なんて思ったのを今でも憶えている。
だいたいエロと芸術なんてものは本来一体のものであると思うし、
それを厳密に選別しようとするのがおかしいのだ。

そして『Santa Fe』が児童ポルノに指定されたら、
ただ所持しているというだけで逮捕されるのだ(!)

どうも児童ポルノ規制推進派は
現行「児童回春・児童ポルノ禁止法」において定義されている、

「(児童ポルノとは) 
一  児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したもの

二  他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写したもの

三  衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写したもの 」

という条文をその根拠として、
単純所持をも逮捕対象とする事を狙っているらしい。

保坂氏は特に「三」を問題としているが、
本当にそうで、こうなるともはや「エロか芸術か」というのすら関係なくなってしまう。

性欲を刺激されるかなんてのは、あくまで個人の趣味、価値観、主観の問題であり、
法律の根拠としてはどこまでも薄弱だ。
とすると、「ただそこに子どもの裸が写っている」というだけで逮捕なんてのも十分予想されるのだ。
「一部を着けない」と書いてある所を見ると水着ですらダメという事もありうる。

先程も書いたが、僕にはその手の趣味はない。
が、裸の写真は持っている。

例えば、



CA280005-0001.jpg

『NEVERMIND』ニルヴァーナ。
はい、アウト〜。


例えば、




CA280006-0001.jpg

『GHOST HITS 95~99』SOUL FLOWER UNION
はい、アウト〜。

モロです。

こんなくだらない法律が通ろうとしているのだ。





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2009年05月06日

砂に書いたラブレター

拝啓 宮内義彦様


春風若葉にかおる候、宮内様におかれましてはますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
ゴールデンウィークは如何でしたでしょうか。
まぁ、宮内様ほどの方ですから
ゴールデンウィークなど関係なく身を粉にして働いてらっしゃったのでしょうね。
だからこそ、宮内様の今の地位がある。
私たち庶民との天文学的な格差は、きっとそんな事の積み重ねあってこそなのでしょう。
いや、宮内様のようにゴールデンウィーク中にも働きたい、でも働けないという派遣社員の人たちや、
私のまわりにも正社員であるにも関わらず、4月の下旬から仕事がなくて20連休なんて人もいますけどね。
まぁ、そんなものは「自己責任」ですね。
宮内様としては知ったこっちゃないでしょう。

さて、昨年からの金融危機に端を発する大不況が世界中を席巻してる折、
貴社が1000億円規模の融資を政府に要請しているというニュースを聞きました。
1000億と言われましても、
私たち庶民にはいまいちピンときません。
そりゃそうです。
どう頑張ったって一生縁のない金額ですから。
宮内様は凄い。
庶民には無縁の巨額の借金を「貸して」とサラッと言えちゃうんですから!
しかも政府にですよ!?
元をたどれば私たちの税金ですしね!
普通であればなかなか言えない。
それだけでも宮内様がいかに我々庶民とはかけ離れた人かという事が解るってもんです。

まぁ、「規制緩和の先頭に立ち、さんざん自己責任を煽ってきたくせに、
いざ自分とこがヤバいとなると政府に助けを求めるのか!」
といった類いの批判をするヤツもいますけどね。
ま、確かに一理ある。
でも聡明な宮内様のことです。
そんな事は言われなくてもわかってらっしゃるでしょう。

そこで思い出されるあなたの発言があるのです。
「パートタイマーと無職とどちらがいいか、ということ」
という発言です。

そりゃ無職はイヤですよねー。
わかります。
そこだけは庶民の平均的な感覚と一緒ですね!
私だって勤め先が万が一倒産して30半ばにして無職なんて
考えただけでゾッとします。
それに加えて宮内様の場合は
休日も返上してコツコツと築いてきた政界との太い人脈が、
貴社の破綻と同時に灰燼に帰すリスクもある訳ですし。
それと同時に逮捕!なんて噂も聞きましたよ!
大変ですよね!

なんとしても無職だけは避けたいあなたは
政府からの融資を要請すると同時にリストラに着手、
御自らパートタイマーになるおつもりではないか
と私は睨んでいるのですが
いかがでしょうか。

かつて財界のトップに立った人間が
自らパートタイマーという地位に堕し
生活保護水準以下の低賃金で汗水垂らして働く…。
あぁ、感動的です。
これなら「自己責任」云々といった批判の声は一気に小さくなるでしょう。

あ、なんなら一緒にデモでもやりますか?
今は連合や全労連はもちろん、
小さい組合、いわゆるインディーズ系労組なんてのもたくさんあるんですよ。
元財界トップのプレカリアートなんてカッコいいじゃないですか。
財界の内幕を知ってるなんて、
もうそれだけでスゴいっすよ!
そんなプレカリアートいないですもん!

宮内様のお越し、お待ちしてまーす(はぁと)




posted by キョー at 23:33 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月22日

Every Picture Tells A Story

和歌山毒物カレー事件で、被告人の上告が最高裁で棄却されましたね。
直接的な物証が全くないにも関わらず
よく死刑にできるもんだなと感心します。

テレビの報道では事件発生当時、繰り返し放送された、
被告人がマスコミに対しホースで水を撒く姿が、
再び流されています。

それだけでも被告人の「醜悪さ」を演出するメディア側の「意図」を感じざるを得ないわけなのだけど、
もうひとつ気づいたのが被告人の顔のアップがあまりに多いことです。

道を歩く被告人をマスコミが必死に追いかけ、
結果、顔のアップが多くなるというならまだ解らないでもありません。
(当然まだ「怪しい人」という段階で、その人をカメラで追いかけ回すという問題は当然あります)
しかし、それだけでなく、例えば庭先に出て自宅を取り囲むマスコミを見渡す被告人の姿。
それをググッとアップで寄るテレビカメラ。
ここまでアップにする必要性がどこにあるのか?というくらい大映しになる被告人の顔。

そこに映るのは、被告人のシワ、シミ、脂、頬からアゴにかけてでっぷりと付いた肉、
そして、それらに囲まれた被告人のニヤけた口元や目。

これは中年女性差別だと思ってほしくないのですが、
見も知らぬ、別に好意を持ってもいない中年女性の顔がテレビ画面に入り切らないくらい大映しにされて、喜ぶ人はそうは多くないでしょう。

すなわちこのような絵の切り取り方ひとつ取っても、
メディアが意識的あるいは無意識的に世間の「悪意」の醸成に加担していると言っていい。

ニュースでは一応「物的証拠がない。容疑も否認している」と報道はします。
しかし、カメラの切り取る絵の力が、それらの事実を全てチャラにしてしまう。
「うわぁ…」という感情がいわば目隠しの役目を果たしてしまっている。

ここまで読んでいただいた方、
「いや、そうは言うけど、オマエだってそうなんだろう?」とお思いの方も当然いらっしゃるでしょう。

そうです。

だからこそ怖い。

本来であれば、ホースの水まきも、シワも脂も肉も事件とはいっさい関係がないはずです。
被告人が当時、ヒ素を所有していたとしても、それがただちに「殺人犯である」ということには結びつかないし、
「鍋の前に1人で立ってた」とか「鍋のフタをあけてた」という目撃証言も、被告人は鍋の見張り役だったのだから、「そういう事はあるでしょう」という視点だって当然あっていいはずです。

そういう事柄を「でっぷりしたおばさんがニヤニヤしながら報道陣に向って水を撒いている」という「不快」な絵が帳消しにしてしまうという怖さ。

僕は何も彼女が100%犯人ではないと言っているわけではありません。
でも逆に言えば100%犯人であるとも言えない筈です。
そういう対象の人物に「死刑」を言い渡す日本という国家。

テレビのコメンテーターも前述の「物証なし、否認」を口にはしながらも、「まぁねぇ…」と奥歯にモノのはさまったような言い方ばかり。
あげく「これから始まる裁判員制度に向けて難しい課題が…」とか、まぁそれも確かにあるけど、まずそこじゃねぇだろうよ…。
犯人ではない「かもしれない」人が国家によって殺されようとしていると言うのにさぁ。





posted by キョー at 23:35 | TrackBack(1) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月08日

Wishin' on the Same Star

相変わらずメディアは今回の北朝鮮の件を「ミサイル!ミサイル!」と騒ぎ立てています。
「呆れた北朝鮮のミサイル発射報道」なんて特集を打ってる局もあるわけだけど、日本国内の報道にも呆れるばかりです。
しかも、オバマ米大統領が核廃絶への考えを公に示し、
親分がそう言っているというのに
「核武装、国連脱退」と、まるで日本で報じられている北朝鮮の妄言とまるで同じ事をわめき散らしている自民党国会議員まで出る始末。
こりゃどっちもどっちだわw

で、「日本の上を飛び越すコースで打ち上げるなんて!」という報道もあったりなんかして、
そりゃどっかしら飛び越さなきゃ北朝鮮なんて何も打ち上げられないんじゃないの???なんて考えてたんだけど、
ふと思い立って
じゃあ日本の人工衛星はどんなコースで打ち上げてるのか調べてみました。
それが、これ(H-2Aロケット11号機の場合)
001.gif

文部化学省HPより)

で、今回の北朝鮮の「飛翔体」の飛行経路は
td2_sat-launch_ground-track-s.jpg

Global Security.orgより)

うーん、似ている。
並行してるじゃん。

宇宙のこととかロケットのことについてはド素人なので
下手な事は言えないけど
西とか北とか南に飛ばすよりは
このコースがはるかに「安全」に思えます。
「奨励コース」みたいなw
日本にとっても北朝鮮にとっても。

北朝鮮はその「奨励コース」に則って打ち上げましたって考えも成立するわけです。
「ミサイル!ミサイル!」なんて報道が成立するくらいだし。

ちなみに僕は北朝鮮を擁護するつもりはまったくありません。
いちいちこんな「断り」を入れたくなるような世情。
あー、めんどくせぇ〜。
タグ:北朝鮮
posted by キョー at 20:46 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月06日

Waiting for My Rocket to Come

北朝鮮が昨日発射したのは、
どうやら人工衛星だったらしいという事になっているのに
なぜか今朝のニュースショーというかワイドショーというかでは、
軒並み「ミサイル発射」のオンパレード。
そこで紹介されていた新聞の見出しも「ミサイル発射」のオンパレード。

おかげで僕の頭は朝から混乱。
「ミサイル」というのは敵をやっつける軍事兵器だという
僕の小さい頃からの認識は実は誤りで
宇宙に飛ばすロケットも「ミサイル」と言うのか???
と思わずwikiで調べちゃいましたよ。

それにしても平気で「ミサイル」と連呼しちゃってるメディアに
ちょっと鳥肌が立っちゃいました。
こうやって「憎悪」がどんどんと生産されていくんだなぁ。

今回の「ミサイル騒動」という大々的なプロモーションで
軍備拡大の格好の口実ができたんじゃないでしょうか。
軍事方面の方々にとっては、北朝鮮さまさまでしょう。

「憎悪」の拡大と「セキュリティー意識」の高まり。
別にインテリぶるわけじゃないけど
そんな単純な話にコロッといってしまう人があまりにも多いですよ。

そして、それを煽るメディアの罪は限りなく重いと感じる訳です。

posted by キョー at 21:31 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月04日

Fly High

朝早くセルフのガソリンスタンドに立ち寄って
店舗の中で支払いを済ませていると
店内のTVが「北朝鮮のミサイル、テポドンが今日以降発射される可能性がいよいよ高まっており…」云々かんぬんと報じていた。

そんな緊急事態の筈なのに、店員も僕もなんら日常と変わることなく
粛々と業務をこなし、お金を渡している。
圧倒的に現実感がない。
まるで自分が映画の中かSFの世界にいきなり放り込まれたようで
戸惑うばかりだ。

と、書いているうちにニュース速報が入ってきた。
たった今、北朝鮮が「飛翔体」を発射したようだ。
飛翔体って…。
それでもブログを書き続ける俺って…。

それにしても、最初メディアは「ミサイル」「人工衛星」と2つの可能性を並記して報じていた筈だが、いつの間にか「ミサイル」一色になっている(速報の段になっていきなり「飛翔体」になっているが)。
さらにPAC3を配備するのがメディアを通じて大々的に報じられている。
軍事機密の筈だが。

こういう点に違和感を覚えることが、それこそ「メディア・リテラシー」ではないのかい?

で、先程の「飛翔体」発射情報は誤探知だったってさ…。
ニュースキャスターが「ん?」「えぇ…」と絶句している。
とほほ…。

そして、同じニュース内で「ミサイルあるいは破片が日本の領土内に落ちる可能性は極めて低いと政府は言っていますが…」などと言っている。
さんざん危機を煽るだけ煽っておいて、
今更それはないでしょう。

大々的なプロモーションの匂いがどうしてもしてしまうのですが…。




タグ:北朝鮮
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2009年03月29日

守ってあげたい

リベラル系のブログでは相変わらず西松問題が盛んに取り上げられています。
その多くは(僕が目を通した限りでは)あくまで民主党擁護であり、小沢代表を擁護しています。
彼らがそういう立場を取ることは、まぁいいでしょう。
そういう考えがあるのも理解します。

しかし、違和感を覚えるのは、彼らが「政権交代」というものをあまりに至上命題にしすぎているのではないか、という点です。
彼らの視線はあまりに狭いという印象をどうしても持ってしまいます。
例えば、「国策捜査」や自民党に対する批判の他に
彼らは共産党への攻撃を始めています。
共産党が今回の西松問題を国会でしつこく取り上げている事が、民主を中心とした政権交代を阻害し、自民に利すると彼らは考えているようです。
「共産党イコール隠れ自民党論」ですね。
民主だけでなく自民も追求している共産党としては呆れ返る他ないでしょうね。
民主党のやる事や政策を見る限り、「隠れ自民」はどっちなんだという気がどうしても僕はするのですが…。

僕が民主党に求めることはとにかく真相を究明してもらいたい、公共事業受注企業から企業献金を受け取ることが民主党にとって「アリ」なのか「ナシ」なのか、立ち位置をはっきりしてもらいたいという事です。「国策捜査」問題だけに絡めとられているようでは、その支持を失うばかりではないでしょうか。

と、こんな事を書いている最中に、千葉県知事選の速報が入りました。森田健作だってさ!!
あの懐古主義・復古主義・国家主義者が千葉県のトップの椅子を手に入れたのか…。
みんなそんな「昔」がよかったのか。
「国家」が好きなのか。
溜め息しか出て来ないわ…。

posted by キョー at 21:19 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月10日

Money , Money

西松建設に絡むヤミ献金疑惑が世間を賑わせている。
僕自身、この件に関して何かエントリを書かなきゃいけないよなぁと思いつつ、今日まで放ったらかしにしてきました。
それは自分自身のハッキリとした立ち位置が見えてこないからです。
もっと言えば、自民党も民主党も目くそ鼻くそじゃんって事なんですが。

今回の東京地検の捜査が国策捜査なのかどうか僕は知りません。
でも、例えば都立高校の卒業式に民主党の都議が「ちゃんと君が代を歌っているかどうか」調査に乗り込んだなんていう類いの話を聞くと、民主党側にもかなり強い国家権力志向というものがあると思ってしまうわけです。
それもかなり国家主義的で恣意的な…。

そもそも「あっちだって金もらってるじゃん!」「なんでこっちだけ?不公平じゃん!」「いやいや、こちらはお金返しますから」という両党の言動はあまりにも幼稚なものに感じてしまいます。

ましてや「知らない」「分からない」「記憶にない」という3点セットのオンパレードには呆れ返ってしまうばかり。

真摯な真相究明を両党に求めるのはムリな話なのでしょうか。


posted by キョー at 22:30 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月13日

誰がために鐘は鳴る

新党日本の田中康夫がラジオで
「派遣村を裏で仕切っているのは共産党系労組で、露骨な政治パフォーマンスだ」と派遣村をクサしていたらしい。

だ〜か〜らぁ〜、
なんで政治団体や労組や市民グループが動くとすぐ「政治的すぎる」などと言うヤツが次から次へと出てくるわけ…?
それもいわゆる「左寄り」の団体が動く時にかぎって、です。

つーか、オマエが言うなとも思う訳です。
「政治」はなんのためにあるのでしょう?
「政治団体」や「労組」はなんのためにあるのでしょう?
市民のためでしょ。
労働者のためでしょ。
彼らの声を行政に反映させるためにあるんでしょ。

僕たちが「こんなのおかしいだろ」「なんとかしなきゃ」と立ち上がる時、それが多かれ少なかれ「政治的」になるのは当たり前でしょう。
僕たちは、民主社会で生きていく限り、「政治」と無関係ではいられない。
政治家であるにも関わらず、それすら解らない田中康夫は政治家をやめた方がいい。

確かに労組団体の中にはクセの強い人もいるでしょう。
でも、そんなのは日常のなかにもいるわけです。
本当に色んな人がいる。
もしかしたら、僕やあなただって他人から見れば「この人ちょっと…」と思われているかもしれない。
それほどありふれた風景なのです。

いくつもの労組や市民グループ、個人が壁を乗り越えて、日比谷に集まった。トラブルはありながらも、それによって救われた人も多くいただろうし、世間に雇用問題の重大さを広く知らしめました。

田中康夫は実際現場に行ったにも関わらず、それを解っていない。
どころか、「共産党が関わっている」というだけでクサしている。

(思うんですが、「これって共産党が関わっているよ!共産主義を広めるためのパフォーマンスだよ!」とアピールするのは「政治パフォーマンス」じゃないんですかね?それも、何も生まないという点において、かなり程度の低い…)

しかも、田中康夫みたいな言動を喜んで受け入れる層がネットには確実にある。普段「メディアリテラシー」が云々と言っている人に限ってそうなんですよね…。
普段から感じるんですが、彼らはメディアが言っていることと反対の事ならなんでもいいんでしょうか。
それは「メディアリテラシー」とは言わないんですが…。


posted by キョー at 15:23 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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