2008年11月26日

飲んだくれジョニー

元厚生官僚の殺傷事件の容疑者が出頭し逮捕された。
言われている動機とか、解らないことがあまりにも多いのだが、
それは、今は置いといて…。

ここ数年というもの、
日本中に「憎しみの種」がバラまかれてきたように思う。
小泉純一郎の登場以来、
いや、もっと言えばオウムの事件以来、それは顕著になったのだが、
公務員、官僚、労働組合、サヨク、戦後民主主義、戦後教育、日教組、東アジア、朝日新聞、毎日新聞、福祉、在日外国人、フリーター、ニート……。
パッと思い浮かぶだけでも、これだけの対象がバッシングされたり、
「ブチ壊せ」という罵倒に晒されてきた。
「コイツらをぶっ壊せば、日本はよくなる!」というお決まりのフレーズと共に。

前回のエントリで僕は、「ざまぁ」という気持ちが沸き上がるのを抑えることが出来ない、というような事を書いた。
知らず知らずの間に、日本中を覆っている「憎悪」の空気を
僕も胸一杯に吸っては吐きだしていたのだろう。

小泉純一郎や橋下府知事の煽動に、僕も心のどこかで酔っていたのだ。
元高級官僚の死に高揚感をおぼえるほどに。
「暴力」が「言葉」や「思考」を駆逐する事態を
薄く笑ってやり過ごそうとするほどに。

この「酔い」をさます術はあるのだろうか。
ベッドに潜り込んで甘い眠りに落ちようか。
脇道の暗闇の中で嘔吐すれば醒めるのか。
コップ一杯の透明な水が僕を連れ戻してくれるだろうか。

そんな事を考えながら、今夜もまた酒をあおるのだろうか。
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2006年12月15日

今日の日はさようなら

朝6時に目覚まし時計が鳴り響いた。
スヌーズ設定にしておいたそれに可能な限り抵抗し、
結局動き始めたのは6時30分。
テレビをつけると松坂大輔がボストン・レッドソックスと契約成立とのニュース。
特に関心もないそんなニュースを
「また報道陣を何人も送りつけて、くだらんトピックスを毎日垂れ流すんだろうなぁ」
などとぼんやり考えていると、
教育基本法改定案が参院特別委で可決というニュース。
そう、昨夜はこのニュースを聞いて憂鬱な気持ちでベッドに入ったのだった。
シャワーを浴び、朝食をかき込んで出勤。
特になんてことはないいつもの一日。
空は雲っていたが、昨日までの寒さを考えれば多少暖かく感じる。

今日は12月15日。

夕方、先輩にガンガンやられストレスを感じながら一旦帰宅。
クルマの中で曽我部恵一を聴く。
サニーデイ・サービスが解散し、ソロになってから暫く離れていたが
最近になってソロになってからの作品を初めてまともに聴き、
その良さを確認し、改めて凄いミュージシャンだと実感している。
部屋に着き、テレビをつけると「教育基本法改定案可決成立」の速報。
軽く飯を食って改めて出社。
打ち合わせに出席。
2時間ちょっとで終了し会社を出る。
駐車場までの道すがら、好きなあの子と2人でおしゃべり。
郊外のネオンもまばらな夕闇の中でも、あの子の笑顔は輝いて見えた。
この笑顔さえあれば俺は明日もなんとか生きていけるって思った。

なんでもない一日。
今日、教育基本法が死んだ。

タグ:教育基本法
posted by キョー at 23:07 | TrackBack(0) | 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月23日

おとなになんかならないで

教育基本法に関して不思議なことがある。

オトナたちはどうやら今の子どものアタマが狂っていると思ってるらしく、それは基本法とそれに基づいた戦後教育に原因があると考えているらしい。あまりに短絡的と呆れるほかないが、まぁそれはいい。

しかし、そう考えているオトナたちが子どもだった頃どんなだったか知ってるかい?
彼らは厳しい校則に縛られ、激しい受験競争と学歴社会というレールに乗っけられていたんだ。彼らはどうしたと思う?彼らはオトナたちに反発した。リーゼント、長ラン短ラン、ボンタンと呼ばれる奇妙なファッションで自らを飾り、バリバリっともの凄い爆音を響かせるバイクにまたがり、公道を占拠。喧嘩、暴力沙汰など日常茶飯事。いわゆる「校内暴力」全盛の頃だ。

私はこのころ小学生だったが、登校途中、中学生・高校生とすれ違う時の緊張感ったらなかった。中には小学生をからかってやれと考えるお兄さんもいて、すれ違いざま血走った目でこちらを睨み、「てぇぇぃ!!!」と意味不明の言葉を大声で叫び、まだいたいけな小学生だった私はその場で凍りつき動けなくなったことを憶えている。

さらに昔へと遡るともっと凄い。ヘルメット、マスク、ゲバ棒、火炎瓶などで武装した多くの若者が、街でオトナたちとバトルしていたんだぜ!

オトナたちは「今の子どもはわからん」と言って嘆息してみせるが、そんなオトナたちだって十分「狂って」いたんだ。そんな自分たちのことは「昔は相当ワルいこともしたもんだよ」「若かったな」などと棚にあげ、教育基本法を変えれば、いまどきの糞ガキどももちっとはシャキッとするだろうなどと考えているオトナたちのなんと多いことか!

「愛国心」をはじめ、今後はアタマの狂っている子どもを「制度」によっていかに縛り付けるかに重点が置かれることは目に見えている。自分たちを縛り付ける「社会」「オトナ」に対しさんざん反抗していた奴らが、今度は自分たちの子どもを更に強く縛りあげようとしている。よく今の子どもは「恥」を知らないなどとオトナたちは言うが、当のオトナたちこそが恥知らずの裏切り者である。
タグ:教育基本法
posted by キョー at 18:29 | TrackBack(0) | 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月12日

逆光の頃

更新さぼってしまいました。
ゴールデンウィーク中にプライベートでダメージを受けてしまい、
まったく更新する気にならず。
このブログを定期的に訪れてくれる方がどれだけいるかわかりませんが、
申し訳ないです。

正直、まだまだダメージを引き摺っている最中なのですが、
書きたいこともいくつかたまっているので久しぶりの更新。
でも、今回は長文を書く気にはやはりなれないので、
それぞれの話題に短めのコメントでご容赦。
はぁぁ。

【浦和レッズ】
市原1−0浦和
浦和4−0鹿島
なんというか最近のジェフ戦はいっつも打ちのめされるような結果。惨敗もいいとこ。
うってかわって鹿島戦では久しぶりの快勝。
小野とかワシントンとかもちろんだけど、いちばん言いたいのは
グランデ!啓太!
あー、あと極楽の加藤。
おまえもう辞めてくれ。
いくらなんだってひど過ぎやしないか。
あの副音声はなんの意味があるのか毎度わからない。
目の前のサッカーとはなんの関係もない話を延々と。
サッカー好きじゃねぇだろ。
サッカー見てねぇもん。
と、そんなことで腹を立ててる俺も俺だけど。
そのくらいやさぐれてたゴールデンウィークだったって事でw



【教育基本法】
「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろなんです」。
なんか今考えると小泉、いいこと言うなぁ。
そう、いろいろでいいじゃねーか。
国への思いだっていろいろだよ。

【僕と君の全てをロックンロールと呼べ】
俺もまだまだロックンロールで熱くなれるんだ。
いや、最近どうもピンとくる新譜が少なかったので。
サンボマスターは日本のロックンロールを確実にイノベイトしている。
メジャーシーンで確実にペイしながらこれだけの事をやってのけているのは
ブルーハーツ以来じゃないかって気も。

アイ ラブ 世界
アイ ラブ 君
アイ ラブ 汚れちまった過去
アイ ラブ ユー

すげぇなぁ。




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2006年04月25日

世界市民はすべての旗を降ろす

「国益」

 「国益」という言葉が急に私の耳に入りはじめたのはいつからだったろうか。確か、9.11アメリカ同時多発テロ以降だったように思う。
 
それまでも使われていたのかもしれないが、私が真面目にニュースを見ていなくてそういう印象を持っているだけなのかもしれない。
 しかし、世間一般で「国益」という言葉が使われるようになったのが比較的最近のことであるのは間違いないだろう。
 
私も最初の頃は、政府が「これこれこうする事が日本にとっての国益だ」と言うのに対し、「いや違う。こうするほうが日本の国益につながる」と、思考回路の中で普通に「国益」という言葉を使っていた。

 しかし、最近、どこかのブログだったか、雑誌だったか、或いは本だったかで「国益」という言葉自体に対し疑問を投げかける文章を目にし、私自身「国益」という言葉を使う事に対しかなり違和感を持つようになった。
 その文章がどのようなものだったのか、はっきりと思い出せないのだが、今の私の考えはこうだ。

政府、或いは権力者が「国益」という言葉を使うことを許してはならない。

 なぜか?
 近代のあらゆる国家間(或いは地域間)の悲劇的な争いは「国益」(或いは地域の利益)によって生まれたと考えるからだ。
 植民地支配もそう、日本のアジア侵略もそう、繰り返されるアメリカの世界侵略もそう、東南アジア・アフリカ・東欧での紛争もそう、中東でのいつ果てるとも知らない悲劇の連鎖もそう。(無論、国家・地域が宗教を代理しているということもある)

 「国益」とは「災厄」にダイレクトに繋がる言葉と思えてならない。
 私は「国益」という言葉を信じない。
posted by キョー at 14:32 | TrackBack(0) | 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月15日

坊っちゃん

たった今、テレビをつけたらTBSに石原さんちの慎太郎お坊ちゃんが出演していらした。
「国民に喝」だとかサブタイトルがついた番組で
その中で慎太郎お坊ちゃんにインタビューをしたらしい。
いつものようにふんぞり返り気味で、
曰く
「丸いものでも、四角く見えたら四角く書けばいい。それが芸術だ」
という芸術家センセイの言葉にお坊ちゃんは救われた経験があるという。

「そういう感性が、個性を育てる」というのがお坊ちゃんの持論であるらしい。

ちゃんちゃらおかしい。
このお坊ちゃんが都政でやっている事と言えば
「丸いモノは丸い。四角いものは四角い。それ以外は認めない。それ以外を認めろという輩は馬鹿である」
という事ではないか。

「個性」だなんてどの口で言えるのか。

まったくこんな気の触れたお坊ちゃんが首都の知事をやっているんだから、
この国の未来はアカルイというほかない。


posted by キョー at 22:06 | TrackBack(0) | 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月19日

崩壊アンプリファー

去年のおわりからというもの、
糞忙しい日々を送っている。

忙しさの原因の殆どは仕事。
仕事。
仕事。
仕事。
出張。
研修。
仕事。
仕事。

だからと言って、
仕事をすればするだけ「金」が入ってくるかと言えばそんな事はない。
貧乏暇なし。
啄木の歌が思わず頭をかすめる。

しかし、今の仕事が嫌かと言えば、
嫌ではないし、辞めようとも思っていない。

ただ、将来設計など描けるレベルではない事もまた事実である。

せめて、週末のフットボールと、
日々の音楽と本、
たまの映画を楽しめるだけの稼ぎと時間があれば…。
世間で言うところの所謂「負け組」である私の
せめてもの願いである。

東京の中心に聳えるバビロンタワー。
そこからこの国を見下ろしていた住人が強制捜査を受けた。
「人の心は金で買える」
と言っていた彼の目に
私はどう映っていたのだろう。

「稼ぐが勝ち」
と言っていた彼は
崩壊に向かいつつある己の帝国を前にして
何を思っているのだろう。

「ホリエモン」などと持ち上げといて
サッと掌を返す私たちを見て
どんな思いが胸を去来しているのだろう。

かくもこの世は不条理である。

稼ぎにならない仕事に精をだす私もまた
不条理である。




posted by キョー at 21:18 | TrackBack(0) | 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月31日

遠い夜明け

今年もいよいよ幕を閉じようとしています。
皆さまにとってはどんな一年だったでしょうか。

今年の漢字は「愛」だそうで。
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今年の世相を表す漢字は「愛」。財団法人「日本漢字能力検定協会」(本部・京都市下京区)が全国から公募した「今年の漢字」が12日、清水寺(同市東山区)で発表され、森清範貫主が縦1.5メートル、横1.3メートルの和紙に大きな筆で一気に「愛」と書いた。

 紀宮さまのご結婚や「愛・地球博」の成功のほか、米国の大型ハリケーンやパキスタン大地震の際の世界的な援助の輪の広がりなど、愛の尊さを感じさせる出来事が続いたことが反映された。

 全国から11月1日〜今月5日に8万5322通の応募があり、うち4019通(4.71%)が「愛」だった。2位以下は「改」「郵」「株」などだった。
(asahi.com)
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まことに結構でございますわね。
弱者の大量生産、犠牲になる子ども、相変わらずの自殺者数、
あれも「愛」。これも「愛」。
素敵だわぁ。

私にとっては、今年はやはり9,11でしょうか。
出口調査の、
まるで悪い夢でも見ているかのような結果に
早々とテレビを消し、
憂鬱な気分を抱えたままベッドに潜り込んだこと、
今でもリアルに憶えています。

この国が舵を切り始めたというのは
何年も前から言われていることだけど、
あの日の結果は、
もはやそんなレベルではない、
この国はもはや曲がり角をとっくに曲がり終わっていて、
新たに眼前に現れた道を進み始めている、
そんな印象を持ちました。

絶望に近い感情を抱き、
もう知らん、こんな国はどうにでもなれ!
と捨て鉢な気分になった時期もありました。

今でも半分「もう知らん」とは思っていますが、
それでも、グチグチ文句ぐらいは言わせろよと。

そんな感じでこのブログも始めました。

本当はもっと音楽の事とか、映画のこととかも書きたかったんですけどね。
あまり今年は楽しめませんでしたね。

さて、来年はどんな一年になるのでしょうか。
今年よりは良い年になってほしいのはやまやまだけど、
正直そうなるとは思えないのも事実。

いよいよ憲法改定が目前に迫ってくるからです。

あ〜、やだやだ。
やだねぇ〜。

あぁ、ほんとつまんねぇ国になっちまったよなぁ。
誇りある民族だとか、
太平洋戦争で散っていった英霊に感謝すべきだとか、
大和魂だとか、
サムライだとか、
愛国心だとか、
中・韓にナメられんなとか、
知らんわ、そんなもん。

なんなの?
このアスホールの小さい国は。

来年は、もっと小さくなること請け合いです。
嫌だねぇ。

……なんか、今年最後のエントリがこんなボヤキですみませんね。

なんかの間違いで素晴らしい一年になることをお祈りして、
つか、せめて音楽だとか映画だとかサッカーだとか
自分の趣味は思いっきり楽しみたいなぁ。
はぁ。
あーあ、最後まで後ろ向きw

では、皆さん、よいお年を〜。
さよーならー。


posted by キョー at 19:40 | TrackBack(0) | 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月14日

正しい街

仕事の合間、
一寸一服と近くの小さな公園へ出る。

灰皿のあるベンチに座り、紫煙をくゆらせる。

すぐ近くにはホームレスの爺さん。

私は仕事でスーツは着ない人間だから、
人によっては働き人とは思えないかもしれない。

平日の真っ昼間の公園に
ホームレスの爺さんと得体の知れない男が一人。

誠に最強コンボである。
子ども連れの母親が公園に入るのを躊躇うのには十分な光景だ。
こっちは何も悪い事をしていないのだが、
なんだか申し訳ない気分になる。
そして同時に、訝るような視線に少々殺伐とした感情が沸いてくる。

今、日本中が殺伐とした気分に覆われている。
あちこちでまわる監視カメラの眼。
住民パトロール。
不審者情報が逐一携帯メールで配信される街もあると聞く。

街から「闇」が消えていく。
否、可視から不可視へ、
アンダーグラウンドな部分へと沈み込んでいく。

そうして、時として、
歪な形をした「闇」が、ぽっかり空いた小さな穴から
絞り出されるようにして、ニュルリと顔を出す。
人々は必死になってその穴を埋めようとする。
しかし一方で、
新たな窪みが街の片隅でひっそりと生まれようとしている。

永遠のループ。
殺伐感のループ。

そんな殺伐とした気分の中で
皆が皆、「善」の仮面をかぶって
「善」の側の人間を演じている。
「俺は不審な人間じゃない」と正しく行動する。

「怪しい者じゃないよ」とばかり、
煙草の火を消して、立ち去る私もその一人かもしれない。

これ以上ない「正しい街」。
少し立ち止まって、煩悶する事も許されない「正しい街」だ。
そして、それはとても「窮屈な街」だ。
posted by キョー at 11:03 | TrackBack(0) | 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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