2011年02月21日

プレシーズンの幸せな夢は早くも醒めた…。大宮vs浦和

SAITAMA CITY CUP 2011
大宮3−0浦和

プレシーズンだから結果が大事というわけではないけれど…。
モヤモヤ感は増すばかりです。

以下、僕が感じたモヤモヤポイント。
•サイドの1対1にこだわり過ぎ。コンビネーションで崩しちゃいけない理由は何?
犬飼ではないけれどまるで10年くらい前までの浦和の姿そのもの。
愚直なまでに1対1を仕掛け続けるから相手は対処しやすい。

•エジミウソンのワントップ。何も出来ていなかった。
ボールを納めるわけでもない、裏に抜け出すわけでもない、シュートも打てない。
これでは辛い。

•中盤に広大なスペースが出現。
どこからプレッシャーをかけ始めるかというポイントが決まっていない?
面白いくらい簡単に相手プレーヤーが前を向いてプレーしていた。

•マゾーラ凄すぎ。これは期待できる。
が、早くも「マゾーラなんとかして」の兆候が。
クラッキありきの戦術で優勝できるほど今のJは甘くない。

•相変わらずゴール前で簡単にフリーになれる相手プレーヤー。

•クロスの精度。

•「フィンケサッカーの継承」はどうなってしまったの?

•そしてそんなチームを指揮してるのは僕の大好きなペトロ…。


「覚悟」という言葉が頭をよぎった試合でした…。


反対に良かった点。
•パススピードは確かに上がったというか、「強いパスを」という意識はあった気がする。

•逆サイドへの意識。

•シュートへ持ち込むまでのスピード。

•原一樹のガムシャラさ加減。

•ディフェンスラインからのフィード。


こんな所でしょうか。


それにしても大宮は地味だけど的確な補強で確実にチーム力がアップしてるなぁ。
これじゃ近い将来順位的にも逆転されるんじゃないか…。
なお今日のトレーニングマッチ大宮戦は3−1で勝ったらしいが、その中で高崎が2得点したようだ。
今の状態ならエジではなく高崎が見たいです。



タグ:浦和レッズ
posted by キョー at 17:46 | TrackBack(0) | フットボール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月11日

村田にヤラレろ!冷たい熱帯魚

園子温監督作『冷たい熱帯魚』観ました!
(テアトル新宿)

ここ何年もの間、お隣韓国の犯罪/ヴァイオレンス映画のあまりのハイアベレージっぷりを指をくわえて羨ましがるしかない状況が続いていましたが、
ついに日本映画は最狂の犯罪/ヴァイオレンスムービーを獲得しました!

いや去年も日本には『十三人の刺客』『ヒーローショー』『告白』という
「どーかしてる!」という振り切れた作品があり(それより前には『実録連合赤軍』)、
そのどれも僕は大好きなのですが
本作『冷たい熱帯魚』はそのどれもを凌駕する新たな金字塔でしょう。
(そしてそれは臓物でデコレーションされている!)

なんといってもでんでんですよ。
あんなにパワフルで、人生を楽しんでいるように見えて、やたらと包容力もある人物が身近に現れたら、簡単に騙される自信が僕にはあります!
だからこそ吹越満演じる社本があれよあれよという間に殺人に巻き込まれ、脅され、さらなる殺人に手を貸さざるを得ない状況に追い込まれる様を見て、
僕は怖くて仕方なかったです。

いや「騙す」って書いたけど
でんでん演じる村田としては「騙す」という感覚は全くないのでしょう。
自分の欲望にあまりに忠実であるが故に
他人を巻き込みもするし、
あまりに忠実であるが故に他人を排除もする。

「良心の呵責」なんてものはない。
そこには「なんてことはない殺人(或いは暴力)」と
「作業としての人体解体」があるだけ。

まったく日本映画はなんというモンスターを獲得したのでしょう!
去年『十三人の刺客』において松平斉韶という悪役が出現したばかりなのに
現代日本において『ダークナイト』のジョーカーをも軽く凌ぐ希代のモンスターが連続して現れるなんて!

どうしてここまで倫理を喪失できるのか。
その村田のルーツは父親との関係にあるという事が描かれる。
村田は父親によってその獣性を覚醒され、
そして村田の周りの人間は、村田によって暴力性や残忍さを暴かれる。
(その究極が社本の娘でしょう)
このあたりは黒沢清監督の傑作『CURE』を思い出したりしました。

さて、この映画は確かにひどいです。
人の「死」をどこまでも美しく描き、
夫が死んだり、妻が死んだり、犬が死んだり、ライバルが死んだと言っては「なんとかぁぁぁ!」と泣き叫ぶ映画ではありません。
スクリーンは血とおっぱいと臓物で塗りたくられ、
思わず口元を手でおさえたくなるほど「ヒドい」映画です。

血やおっぱいや臓物だけではない。
「感情」という名の衣服を剥ぎ取られ、陵辱され続ける2時間半。

だからこそ自分のことを「善良な人間」「健全な人間」と思って疑わない人にこそ観てほしい。
村田はあなたの衣服を剥ぎ取り、縛り上げ、あなたの恥部を覗き見るだろう。
事が終わった後、あなたは何を思うのか。

僕は思った。
「生きたい!」と。
「あらゆる暴力はやっぱりろくなもんじゃねぇ」と。
「人間はいとも簡単にダークサイドに堕ちるものなのだな」と。
「でもやっぱりおっぱいの魅力には抗えない」と。

血で塗りたくられた映画が、
実は暴力からいちばん遠く離れた場所へと僕を連れてってくれるという事実。
価値観を揺さぶられ、
ゲロにまみれながらも導き出された結論と新たな思考の可能性。

それこそが『冷たい熱帯魚』がくれた最高の映画体験。
刮目して見よ!

posted by キョー at 19:22 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月01日

衝撃のカルチョメルカート!

いや、ビックリしましたよ!
目が覚めたら長友があのインテルの一員になってたんですから!
インテルですよ??
考えられないんですけどwww

今までだって例えば中田英寿がローマにいたことはありますが、
インテルですからね。
ステータス的にはローマより更に一段上のクラブですよ!
(最近の言い方でいうと「メガクラブ」ですね)

日本人SBがインテルの一員とはなんとも凄い時代になったものです。
昨年のワールドカップをひとつの契機として
日本サッカー界は明らかに新たな局面に入ったという印象が
ますます強くなりました。

そのひとつが海外移籍などの選手の動きで、
香川のドルトムントでの活躍は言うに及ばず、
代表のスタメンクラスの選手のほとんどが海外クラブに籍を置くようになり、
そうした流れのトドメとしての今回の長友のインテルへの移籍劇。
ほんと凄い時代になったものです…。

カズの挑戦。
中田英寿のペルージャでの輝かしい成功。
黄金世代の夢と挫折…。

日本サッカー史に刻まれるであろう歴史的な日に、
僕の胸に去来するのは彼らの姿です。
そうした積み重ねの上に今日があるのです。

決してエリートとは言えない長友が
ここまでたどり着けるんだという現実。
この現実がどれほど多くの日本人サッカープレーヤーに
勇気を与えるだろう。

ほんとうにスゴいことだ!
posted by キョー at 22:05 | TrackBack(0) | フットボール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月30日

奪還!日本代表

アジアカップ2011 決勝
日本代表1−0オーストラリア代表

アジアの頂点の証であるカップを奪還した日本代表。
ワールドカップで得た自信は揺るぎないものとして
今の代表にも受け継がれていると感じます。

「俺たちはできるんだ」
「一流のチームではないかもしれないけど、俺たちだから出来る戦い方があるんだ」
という自信がテレビモニターを通じても伝わってきて嬉しくなりました。

ワールドカップの時にも感じたことですが
日本は南アフリカ以降、階段を一歩登ったという印象が更に確固たるものになりました。

もちろんこの大会はアジアレベル。
これで満足してはいけない。
しかし、アジアレベルではあるけれども、
ワールドカップ時の90分間通してカッコ悪くても走りまくるという
日本のアジリティーを活かした戦い方にプラスアルファして
そっからじゃあどうやってパスを繋いでシュートまで持って行くか、
という模索と実践が見られたのは大きな喜びでした。

少なくともこの大会では、
今まで長い間日本代表につきまとっていた(それこそアジアレベルですら)、
「決定力不足」という言葉は僕は気にならなかったし、
報道やネット界隈でもあまり語られなかったのではないでしょうか。

それだけほとんどの試合で日本は得点の匂いを常に発散させていたし、
今まであまり見られなかったパターンでも得点を決めることができました(岡崎のターン!)。

更に言えば、今回は本来であれば絶対に欠かすことの出来ない主力の選手を何人か欠いていた状況でした。
ザッケローニが監督に就任したのもついこのあいだ。
そんな苦しい状況の中でも日本の戦い方を曲げることなく追求した日本代表。

思えば今回の大会の地、ドーハは
日本にとっては「悲劇の土地」として長らく語られていた土地でした。
そして18年後、同じ土地で日本代表はその歴史を自ら塗り替えました。
この勝利は日本サッカーの歩みの勝利であり、
それを支え続けてきた全ての人の勝利です。
普段Jリーグを観る者として、これ以上誇らしいことはありません。

普段敵として相対する時は、ほんとに憎たらしいほどなんだけど、
代表になると共に肩を組み戦っている気持ちになります。
ほんの少し前までは憎たらしさばかりが先に立って
「あんなヤツら応援できるか」って感じだったのに、
自分でも不思議な変化。

それだけ今の代表の姿は僕の胸を打つのです。

さぁ、もうすぐJリーグが開幕します。
今年も思う存分しのぎを削り合いましょう。
歓喜と落胆が交差するフットボールライフを共に楽しみましょう。
タグ:日本代表
posted by キョー at 12:59 | TrackBack(0) | フットボール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月22日

悲しいラブレター、ソーシャルネットワーク

早くも本年ベストの呼び声高い『ソーシャルネットワーク』観ました!
(シネプレックスわかば)

事前の情報では「Facebookを立ち上げ、今や最年少億万長者として世界にその名を轟かせるマーク・ザッカーバーグが実はいかにイヤなヤツか」という映画だという話しを聞いていたのですが。

いや、僕は世に言われる若きIT長者とかいう人種が嫌いで嫌いで仕方ないのです。ヤツラはおしなべて冷笑的であり、過度に競争主義的であり、勝利至上主義的であり、効率主義的であります。そしてあまりにそういった傾向が強いため、人情とか、それに付随する様々な感情や行動といった人間が避けて通れない部分を「余計なもの」として切り捨てる。或いは始めから眼中にない。
自分でもなんて乱暴なカテゴライズ・レッテル貼りだと思いますが、メディアに取り上げられるそういった人種は不思議なくらいことごとくいけすかない、鼻持ちならない野郎どもであります。ホリエモンとかね。彼は今やIT長者と言っていいかどうか分かりませんが、どうしてこんな子になっちゃったんだっていう…。

一方で僕はそういったIT長者の鼻持ちならない野郎どもが創造した様々な便利なものを確実に享受しているわけです。Facebookはやっていませんが、便利だ便利だと言って日々ネット生活を楽しんでいる時点で、彼らの事を悪く言う筋合いはない。でも嫌いなんだよぉぉぉぉ!

そんなアンビバレンツに悶え苦しんでいる僕がこの映画をどう見るか。「わぁ!なんてイヤなヤツなんだ!」ってキャッキャ言う自分を想像していたわけです。

確かに自分を振った女の子への腹いせに、その娘の悪口をブログに書いたり、学内全ての女子の写真を入手し「どっちがかわいいか」投票させるサイトを立ち上げたり、Facebookに繋がるアイデアを盗んだり、会社成長の過程でずっと一緒にやってきた親友を騙し討ちのように切り捨てたりと、キャッキャ言える要素はたくさんありました。

しかし、ザッカーバーグがこっぴどく嫌われた元彼女に自分が作り上げたFacebookを通して友人申請のメールを送り、PCの更新ボタンをひたすら押しながら返事を待つ姿をカメラがとらえるに至り、僕はこのいけすかない、鼻持ちならない野郎に共感してしまったのです!
彼と彼が作り上げたFacebookは全世界を制覇した現代の全知全能の神です。Facebookには世界が内包されており、世界はFacebookに凝縮されている。
彼は彼女への愛憎を駆動装置にしてFacebookを作り上げた。彼女をギャフンと言わせ、自分の正しさを認めさせたかった。結果、その彼女もなんの屈託もなく(少なくとも劇中で屈託は描かれていない)Facebookを楽しむくらい、世界はFacebookに満たされた。
人と人が繋がる事を今までより一段も二段も容易にしたFacebookとそれを作り上げたザッカーバーグ。だけれど、当のザッカーバーグは満たされることがない。神の塔の上でザッカーバーグは孤独だ。その姿は新時代の神であるという点を除けば、僕と同じである。どっかのボンクラ学生と同じである。満員電車で見た不機嫌なサラリーマンと同じである。全ての満たされない魂と寸分違わぬ姿がこのシーンには立ち上がっていて、僕はザッカーバーグが愛おしくなってしまったのだ!

思えばこの作品に出てくる登場人物はどいつもこいつも空虚な人間ばかりです。いくらパーティーを繰り返しても、金を稼いでも、Facebookで繋がった気になっても、それによって幸せになったように描かれる人間は一人もいない。
どいつもこいつも自己愛に絡めとられ、自分の存在証明、ステータスアップに明け暮れるばかりで、他者との繋がりは希薄だ。
それはこうして映画の感想をブログにシコシコ書いている僕の姿に見事に重なる(パーティーの部分、金の部分以外は)。
せっかくキャッキャ言おうと思ってたのに、まさかこんな痛い思いをするとは!!

で、そんな人間ばかりが出てくる中でエドゥアルドのPCブチ壊しシーンはグッときたなぁ!あれは空虚に満たされた世界に響き渡った人間の魂の叫びですよ!エドゥアルドからザッカーバーグへの悲しいラブレターなんです!「おまえの事がこんなに好きなのに!」「なんでおまえは!」っていう。最近の映画の中でも屈指の切ないシーンですね。

すれ違いながらそれぞれの人生を行く若者たち。そういう意味では青春映画としても名作であり、できればもう一度劇場で観たいと思います!




posted by キョー at 22:02 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月10日

鋼の車輪に身を焦がして。アンストッパブル

『アンストッパブル』観ました。
(ユナイテッドシネマ入間)

まぁストーリー自体は昔からおなじみの暴走列車もので。
それに壊れた家族モノと、反目しながらも力を合わせていくというバディーモノという要素を加えた作品でした。

まず始めにどうしても言いたい事があるんだけど、
あの「手ぶれ」を駆使したカメラワーク。
あれ必要????

一応断っておきますが、僕は手持ちカメラで画面が揺れたりするのは決して嫌いじゃないです。
臨場感を煽るのに効果的って面は確かにあると思うし。
でもこの作品に関しては「???」でした。
例えばクリス・パイン演じる主人公ウィルが
初めてデンゼル・ワシントン演じるベテラン機関士フランクに会う場面。
フランクがベテラン仲間と一緒に朝のコーヒーすすってるところに
ウィルが挨拶に行くんですけど
まぁ一応挨拶はしながらも「どんなヤツなんだ」的にちょいちょいっと探りを入れたりする訳ですよ、二人は。
(同時にこのシーンは観客に対して二人の人となりを紹介する役割も担っている訳です)
要はファーストコンタクトです。何かが起こる前の、物語が本格的に動き出す前の静かなシークエンスなわけですよ。

ところがカメラがそんな情景をどうとらえているかというと
突然グラグラ揺れるわ、かと思えばグィン、グィンとズームイン/アウトを繰り返すわ、
そのうえカットも細かく割ってるわけです。
例えば後半の列車を止めるために奮闘する二人を描く場面であれば
そういう手法も効果的だと思います。

でもこのファーストコンタクトのシーンにはいらない演出ですよ、あきらかに。
場面と手法が合っていない。

前半の他のシーンでも同様で常に画面が揺れてる印象で
これがもう気になって気になって…。

あとなんか電車の管理、色々と杜撰すぎない?
「実際にあった事件に着想を得て…」とあったので
ほんとにこんななの??とビックリでしたよ。
まぁどこからどこまでが完全なフィクションで…というのは分からないけれども。
それに実際に事故が起こる時は、
得てしてこういう「ま、オッケーっしょ」という安易な判断が積み重なって
それが重大な事故に繋がるというのは確かにあるのでしょうが。

と文句は色々とあるのですが、
とは言え、後半はみるみるスクリーンに引き込まれて
思わず手に汗握っちゃいましたよ!
特に二人が会社の重役に揃って歯向かった時、
それがカッコ良くてねぇ、「よっしゃぁぁぁ!」と握りこぶしですよ!
また主役二人がいい顔するんですよ。
「オマエもなかなかやるじゃねぇか。だがこの道、地獄だぞ」
「ハッ、ここまでくりゃ地獄も糞もあるかよ。いくぜ”相棒”」
って顔するんですよ!!最高〜!

でね、あれだけ反目しあってた二人が徐々に心を重ね合わせていく過程で、
壊れた家族というもう一つの重要な柱がきっちりその機能を果たしてるんです!
また「生意気な若造」と「もはや去り行くしかない初老の男」という設定が、
ここで感動的なまでに美しく機能してたりもして
これが脚本の力だなぁとつくづく思いました。

というわけで、時間がある方は劇場で観ても決して損ではないと思いますよ!






posted by キョー at 20:44 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月06日

革命前夜のヒックとドラゴン!

見逃していた『ヒックとドラゴン』を観ました!
(ブルーレイ鑑賞)

いや、最近ピクサーの『WALL-E』を初めて観て
「ごめんピクサーナメてた!」と泣きながら土下座したばかりなのですが
ごめん!ドリームワークスナメてた!
ていうか、アメリカの3DCGアニメ全般を僕は完っ全にナメてました!

なんという完成度!
なんという美しさ!
あらゆる人間、化け物(ドラゴン)、自然物、人工物まで含めて
そこにあるとしか思えないほどに現実感を伴って描かれています。

多くの人が言及しているように
これは劇場で3Dで観るべきだった!
特にやはり飛行シーンは全ての男子の夢が具現化されたかのように
激しくエキサイティング!
2Dで観てもこれくらい興奮するんだから3Dで観たらどんだけ凄かったんだろう!

あとトゥースがね、可愛すぎる!
ネコ好きの僕としてはたまらんものがありましたね。

脚本の方は
まぁどうしようもないボンクラ野郎が意外な力を発揮して共同体を救うという、
王道的な英雄譚ではあるわけです。

あるわけですが、そこに現代のアメリカ・自称「世界の警察」国家としてのアメリカの欺瞞がはっきりと描かれているのが凄いと思った。
最初は「悪の存在」「自分たちの生活を脅かす存在」としてのドラゴンをきっちりと描き、
しかしヒックとトゥースが次第に心を通わせる過程で
「ドラゴンも人間を怖がっている」というシーンを描き、
どちらが悪かではなく、ドラゴンも人間も意外と変わらないじゃないかという所まで描写する。
だからこそ、ヒックとトゥースが初めて心を通わせるシーンで、
ヒックが少しずつ様々なガードを外し、トゥースに近づいて行く場面は感動的なのだ!
盾も刀も捨てて初めて相手と心が通じる。
これは明らかに現代アメリカの風刺である。
更に親父の「仲間がドラゴンに何百人も殺されてるんだ!」という言葉に
ヒックは「人間だってドラゴンを何千匹も殺してるじゃないか」と反論する。
一応は子ども向けアニメであるにも関わらず
ここまであからさまに「正義」としてのアメリカの欺瞞を盛り込むとは!
恐るべし!である。

であるのだが、ここからが引っかかるところであります。
そういう描写のあと、ドラゴンにも悪い親玉がいてそいつをやっつけるという流れになるのですが、
これがどうにも納得がいかない。
散々アメリカの欺瞞を描いた(としか僕には思えない)にも関わらず、
よっしゃ、悪い奴をやっつけるで〜という流れに回収するって
それって結局アメリカの戦争を正当化してないですか??
イラクに乗り込んでって悪い奴=サダム・フセインをやっつけたのは、
まぁ色々反省すべき点も確かにあったかもしれないけど、でもやっぱ殺るしかなかったよねと言ってるしか思えない!
でもそうとしか思えないのはきっと僕がつまらない人間だからなんです!
もうそんな事気にしないで楽しめばいいのに!俺!
だってホント完璧な娯楽作品なんですから。
素晴らしい傑作ですよ!

だけどやっぱり引っかかるので
ちょっと考え方を変えてみました。
あのラスボスは世界的大企業とかとにかく超お金を持ってるヤツです。
で、その下僕たるドラゴンはラスボスのために汗水垂らして、命の危険を冒してまでせっせと働く。時には理不尽な扱いを受けクビ(=Fired。その通りラスボスの口から吐かれた炎で命を落とすドラゴンもいる)を宣告されるドラゴンまで出てくる。
だけどドラゴンが真面目に働けば働くほど、一方では人間の利益が奪われてしまう。
北の最果ての絶海の孤島である。
ただでさえ利益は少ないのに、それを奪っていくドラゴンを憎む人間。
途端に持たざるモノ同士が憎み合うという現代社会の構図そのものが『ヒックとドラゴン』という物語に浮かび上がってくる!
その2者が手を組み、システムをぶち壊す!
そうだ!これは革命の物語なのである!

よし!これなら僕も気持ちよくヒックとドラゴンの世界に浸れます!

ていうかね、そんな事抜きにしてこの作品は3DCGアニメの大傑作ですから
まだ未見の方は是非是非観て下さい!
posted by キョー at 23:36 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月03日

血と涙と笑いの大傑作キックアス!

以前から気になっていた&大評判のキックアスを観に行きました!
(シネセゾン渋谷)

まぁその評判の高さは各所で見聞きしており、
これは是非観に行かねばなるまいと思ってはいましたが、
何しろ近所のシネコンではやっていない。
車で20分の所にあるシネコンも、40分のシネコンも、
1時間のシネコンも、ひとっつもやっていない!
埼玉ではどこでやってるのかと調べたら三郷だけヒット!
三郷ってどこらへんだっけと調べたら
なんだよ千葉のほうじゃねぇか!!
ウチとは真反対に位置しており、車で行くのも電車で行くのも超不便!
つうか1カ所ってなに?
そのくせヤマトとかトロンとかイナズマイレブンとかは全部やってるんだぜ。
そんでこんだけ評判の高いキックアスをひとっつもやってないってなに??
だからDA埼玉なんだよっっっ!!!

って田舎もんのやり場のない鬱屈を溜め込んでいたら
こんな事情があったのね→http://togetter.com/li/65535

で渋谷もそんな遠いわけじゃないけど30後半にもなるとわざわざあそこまで出て行くのもキツいな〜って感じも出てくるわけで
どうしよう、拡大公開になるまで待つかな〜って思ってたんだけど、
じゃ今年の映画初めは何にするんだってなった時
やっぱキックアスしかないでしょ!と当然そうなるよ!
で正月ボケの身体にむち打って早起きして行ってきました!

で絶賛系の評判も当然聞いてたし
でも地元周辺ではどこもやってないという飢餓感も加わり
ハードルは相当上がってたわけですよ。
こういう時って大抵アレ?って感じになる事が多い。
インセプションが僕的に全然ダメだったっていうのは
そういうことばかりが理由じゃないけど
そういう面も少し影響していたかもしれない。
そんな不安もありつつも
結論、どうだったかっていうと

素晴らしかった!!

年の初めから生涯ベスト級でした!!

いやもう「ハードル?なにそれ?」って感じですよ。
もうヒットガールちゃんがねぇ〜。
ヒットガールちゃんがな〜。
(以下ヒットガールちゃんに関するキモイ記述が多くなります)
ヒットガールちゃんがなぎなたブンブン振り回しながらハードルなぎ倒しつつこっちに向かってきた感じ?
ヒットガールちゃんの可愛さは予告編等で既に確認済みで
鑑賞前の時点でかなりヤラレてて
劇場でもヒットガールちゃんをなるべく全身で受け止めるべく
席もかなり最前列に近い位置を確保しておいたわけです。

で映画中盤ヒットガールちゃんが初めてあの格好で颯爽と現れた瞬間、
僕、泣きました。
いやもうわかんない。
なんで自分が涙をながしているのかさっぱりわからないんですが、
とにかく多幸感で満たされたというか。
なんかスクリーンの中のヒットガールちゃんがメチャクチャ輝いて見えたというか。
ボロボロ涙がこぼれちゃって
これを好きな女子に見られたら一発でアウトだよってくらい号泣でした!

勘違いされると困るので断っておきますが
僕ロリコンじゃないです。
ていうか、この「ヒットガールちゃんさいこう!でもロリコンじゃないです」っていう流れ、
キックアス関連のブログやtwitterではもはや定型文になりつつあって
微笑ましいというか、もはや言い訳としては通用しなくなりつつあるよね!!
でも僕は断じてロリコンじゃないんです!!

いやでもほんとヒットガールちゃんさいこうFuuu〜ていう気分は
キックアスを観た多くの人が共有してるものでしょう。
いやもうこのキャラクターは映画史に残る発明ですよ!
可愛すぎる!!
で可愛いくせに人を殺しまくる!!
でシド・ビシャスみたいな口するのな!
そこがまた可愛い〜!
フィギュアほしい!ポスターほしい!
あぁぁ!ヒットガールちゃんに関するものならなんでもいいからほしい!!

かなりキモい文章になっておりますが…
で、内容自体も所謂おバカコメディという面よりも
戦闘シーンはかなりハードで(わりとポップな見せ方にはなっていますが)
いろんなもんが切れたり、
血が飛び散ったり、
アクション自体も素晴らしくキレてて
まず笑いをというよりも本気の画面作りを忘れていないところが好感持てます。
ヒーローは人を傷つけるという側面をきっちりと観客に見せつける。
あんなに可愛いヒットガールちゃんも
父ビッグダディ(ニコラス・ケイジ:彼がまた素晴らしい!)から「どうかしてる!」というような育てられ方をしていて、
「スカッと爽やか人斬り少女」という脳天気な側面だけでなく
どこか憂いが漂っている演出をきちんとしている。

だからこそこの作品には本物の興奮があるし、涙があるし、笑いがあるんだと思います。
(笑っていいんだかなんなんだか戸惑うような場面も多かったですがw)

ひっかかる部分がないわけではないんです。
ラストの主人公キックアスの行動に対するオトシマエというかね。
彼は正義のヒーローに憧れてたわけですが、
ラストでヒーローが決して避けては通れないものを遂に背負ってしまった。
「普通の人」ではなくなってしまった。
そこからの描写が彼女とチューじゃ納得いかねぇよ!!っていうね。
ヒーローってカッコいい〜って部分だけを描いた作品ではないからこそ
そこは引っかかりました。
続編で描かれるのかな。

でもね、そんな不満点もあるにも関わらず
それでもこの作品は間違いなく映画史に残る大傑作だと思います!

細々とした不満もね、ヒットガールちゃんがいれば
オールオッケーです!










posted by キョー at 22:07 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月14日

東京少年

今回の『東京都青少年健全なんちゃら』『非実在なんちゃら』とかいう、
あまりにも、あまりにも時代の先端を行き過ぎて、ディストピア的感慨すら抱かせる条例について触れたい。

というか、僕自身この問題についてはムカつく矛先があまりに多すぎて、なかなか考えをまとめられないのだが、
僕の立場としては、この条例についてはハッキリと『NO』である(慎太郎オマージュ)。

『表現の善し悪しの判断を行政・政治に任せる』
この言葉になんの気持ち悪さも抱かないのであれば、あなたは相当末期的だと思う。
エロ表現、犯罪表現…。
物語は物語自身を駆動させる多くの非健全的(笑)な表現を内包するものだ。
このエロは良くて、このエロはダメなどと誰が決めるのか。
強いていえば、それは読者自身である。
そこに描かれているものに、ひたすら嫌悪感を抱くのであれば
読むのをやめればいいのだ。
作家や出版社に抗議するのも、それは自由だと思う。

ただ、それを行政機関がやるとなると話しは違ってくる。
行政機関は僕たちがそれ(善し悪しの判断)を託せるほど信頼できるものなのか。
絶対的なものなのか。
ヤツらは、『条例』という絶対的なモノを手に入れて
いくらでも恣意的に判断できる。
付帯決議(運用は慎重にという内容らしいが)など、都議会民主党の裏切りに対する言い訳に過ぎない。

そもそも表現の善し悪しを判断する感性に「絶対」なんてもんはない。
人間一人ひとりが少しずつ違った感性を持ち、
それによって判断するしかないのだが、
今回の条例で僕ら(というか子どもたち)の感性は「未熟」で「危うい」ものとして否定され、その判断機会を取り上げられてしまう格好になる。

そう、東京都は「子どもたちを守る」などと美しげな事を口では言いながら、
実のところ全く子どもたちを信用しておらず
「放っておいたらすぐ犯罪に走る危険な存在」とみなしているのだ。
それは、今回の条例を出したのが東京都の「青少年・治安対策本部」という部署であることからもよくわかる。
東京都は「青少年」と「治安対策」をパッケージとして考えているのだ。
ふたつの言葉を分かりやすく言いかえてみよう。

「若いヤツらは」「すぐ犯罪を犯す。なんとかしよう」。

東京都が美しげな言葉を使う裏で
根底のところで若いヤツらをどういう目で見ているのか。
これ以上ないくらいによく分かると思う。

あとね、PTAなんかがこの条例に賛成しているわけだけど、
気持ちはわからんでもない。

ヒドイ性描写が描かれているマンガやアニメがあって、
それが子どもでも容易に見れる環境にあるのは事実だと思う。
それが不快だってのもわかる。

でも、結局不快か不快じゃないかって所で規制をかけようとすると、
それは人それぞれの感性によるものが大きい分、
どうしてもムリが生じるわけ。
なんでこれが規制されて、これが規制されないのかってのがどうしたって出てくる。

それでも規制されるべきって事になれば
もうあらゆる性描写を子どもの目につかないようにしなければ
色々な矛盾が出てくる。

で、子どもに対し「性描写」「性行為」を無いものとするならば、
そしてそれが「子どもが健全に育つ、健全な社会」とするならば、
そんなものはまさに「ウソで塗り固められた、ディストピア」である。

「性」って「健全」じゃないの?
PTAの人たちだってセックスして子ども作ったんでしょ?
自分たちのした事は「不健全なこと」として子どもに教えるの?

もちろん子どもに過激な性描写を見せる必要はない。
特に幼児や小学校にあがったばかりの子どもが
あまりに過激な性描写を見た場合、トラウマになる可能性だってある。
だが、性に興味を持ち始めれば、子どもは全力を尽くして性情報にアクセスする。
それが決して重大な犯罪行為につながらない事は
多くの大人が経験として共有しているはずなのだが。

そもそも「不快だから」「不健全だから」で規制されるのがオッケーならば、
それこそ世の中のあらゆるものが規制の対象になってしまう。
何度も繰り返すが「快・不快」「健全・不健全」は個人によるところが非常に大きいからだ。
そんなものに権力が介入する社会は碌なもんじゃないって話しである。







posted by キョー at 23:12 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月29日

Something inside of me

浦和のフィンケ監督退団が正式に発表された。
今はフロントに対する怒りしか湧いてこない。

この2年間とはいったいなんだったのか。
たとえ負けが混んでもスタジアムに通い続け、
チームを支えようとし続けたサポやファンの覚悟はなんだったのか。


結局フロントは一緒に闘っていなかったのだろう。
彼らが見ていたのは共に闘うチームとサポの姿ではなかった。
どころか、フィンケは今期限りという情報を小出しにし続け、
まるで外堀を埋めるかのように一部メディアと共謀しながらフィンケ退団を既成事実化させ、
それを実現させた人間がフロント内部に確実にいる。

彼、そして彼らは浦和のなんなのだろう。
なぜ、浦和の内部にいるのだろう。

単純にその事が理解できません。






タグ:浦和レッズ
posted by キョー at 18:23 | TrackBack(0) | フットボール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。