2010年05月25日

許されざる者

キリンチャレンジカップ 日本代表0−2韓国代表

仕事のため試合は最後の5分くらいしか観る事が出来なかったので、
内容に関してはなんとも言えない。

しかし、このワールドカップ前、国内最後の強化試合のハイライトは
試合後の岡田監督の記者会見にあったというのは、
多くの人の一致するところでしょう。

会見で岡田監督は、聞かれてもいないのに突然「当然監督の責任問題も言われると思います。ただ、犬飼会長にも一応尋ねましたが『やれ』ということだったので、前に進むしかないと思っています」とペラペラと喋り出したのです。

そして、試合翌日の今日、今度は「あれは冗談だった」と言い放つ。

本当にこの人はどうしてしまったのだろう。
前回のエントリで『狂気』というタイトルをつけたけれども、
いよいよこの人は何かの「病い」を煩ってると確信せざるをえません。

そもそも、これが本当に冗談だったとして、
そんな冗談を言うなんて許されないし、
会見の映像を見る限り、
冗談を言っているような印象はまったくなかった。
岡田監督の虚ろな瞳は、何かが折れてしまった人のそれだった。

これが冗談ではなく、本当だったとして、
メンバー発表もすみ、本番3週間前に迫った時点で許される行動ではないし、
代表監督としての責任を一瞬でも投げ出したという事は、日本代表という「チーム」に自ら決定的な亀裂を生じさせる行為であり、やはり許されることではない。

どう転んでも許されないことを岡田監督はやってしまったのだ。

代表監督自身が完全に血迷って、己を見失い、迷走している。
4年に一度、本番3週間前の日本代表の、これが現実なのだ。
それでも期待を完全には捨てきれない僕の、フットボールファンのやり切れなさなど、
この人は露程も眼中にないのだろう。

人を馬鹿にしきった今回の行動が全てを表している。
タグ:日本代表
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2010年04月21日

狂気

犬飼会長に岡田監督「半端じゃない戦い」

対談 岡田監督×香山リカ 無心の感覚求めて

いやもう終わってるとしか言えない…。
岡田と比較すればジーコですらマトモに見えてくる。
ジーコは監督としての資質に関しては疑問符だらけだったが、
少なくとも「フットボール」をやろうとはしていた。
岡田は「フットボール」をやるとかどうこうよりも、
いわゆる「トンデモ」の世界に耽溺しきっている事がハッキリしてしまった。
あまりの事に唖然としてしまう。
「世界を驚かせる」とはこういう事だったのか。
そりゃ、戦術とかより「催眠状態がどうこう」などと言っている代表監督がいれば、世界は驚くよ。
本大会2ヶ月前に何を言っているのかと。
メンタルトレーニングなどというレベルではもはやない。

さらに先日のセルビア戦での惨敗の責任を選手に押し付けるという醜態を晒すに至っては…。
私は選手に責任がないとは思っていない。だが、監督がそれを言っちゃいかんだろう。さらにさらに、それを聞いた協会トップがマスコミにベラベラ喋るなんてまったく信じられない。

もう僕には岡田は狂ってるとしか思えない。
何が悲しくて狂気に駆動された日本代表を見せつけられなければならないのか。
考えれば考えるほど理不尽だ。

タグ:日本代表
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2010年04月07日

絶望遊戯

2010キリンチャレンジカップ 日本代表0−3セルビア代表

アナウンサー最後のコメント「勝つ試合もあれば、こういう試合もあるという事で…」だって?
こんな試合ばかりじゃないか!
ワールドカップを2ヶ月後に控えてこの体たらく…。
これで希望を持てというほうがどうかしてる。

動かない選手たち。
ボールを受けても周りがそんなんだから
どうしようどうしようとボールをこねくり回すばかり。
どうにもならなくて単独突破を試みたり
苦し紛れのパスを出すが、
いいようにかっさらわれては
鋭いカウンターを食らう。
ディフェンス時のポジション取りもなんとも中途半端で
玉際の競り合いになるべき場面でも1歩も2歩も出足が遅く、
ラインもズルズル下がるばかり。

とてもワールドカップベスト4を目指すチームとは思えない。
どころか、これでワールドカップに出場するだって?どんなジョークだい?てなもんである。

この試合で改めて確信しました。
岡田監督を今からでも解任すべきだと。
TV中継中に紹介された「今の日本はチャレンジする人が報われない社会になってきている気がする。日本代表がチャレンジすることで、チャレンジする人に勇気を与えたい」という、往年の小泉&竹中を彷彿とさせる岡田監督のコメント。
このままじゃチャレンジしても無駄なんだなってなっちゃうよ!

それとも、どんなに成績が伴わなくても「俺はチャレンジしてるんだから、それだけで評価されるべきだ!」という言い訳なのだろうか。

それでもサッカー協会が続投の方針を貫くのであれば、日本代表は2006年ジーコ、そして2010年は岡田武史に率いられワールドカップに臨むという事になる。
サッカー協会が、きらめく才能たちがキャリアのピークを次々と迎えると言われたドイツ、南アフリカの8年間をジーコ・岡田に預けたという事実に改めて目をこらす時、そのあまりの滑稽さと何も無さに僕は愕然とする。

サッカー協会はまともな監督を呼んでくる気はないのだろうか。

タグ:日本代表
posted by キョー at 22:28 | TrackBack(0) | フットボール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

旅の途中

●2010 Jリーグ第5節 浦和2−1湘南

いやぁ、めっちゃ楽しい!
楽しくて仕方ない!
1節毎に攻守の切り替えが速くなり、
縦方向の勝負パスやポジションチェンジが効果的になり(阿部、細貝の飛び出し!)、
それにともない横方向のチェンジサイドの意識も高くなり(ペナルティボックス左のポンテからファーに走り込んだ阿部へのクロス!)、
縦・横の効果的なパスがあるからこその宇賀神・高橋の突破が活き、
そこにエジミウソンのポスト及び突破が効果的に入り、
柏木もだいぶフィットしてきた。
まさに湘南を翻弄したと言っていい90分間。

チームが確実に成長していることを実感できる、これまでのリーグ戦。
輝かしい未来を予感しながら過ごすシーズン。ある意味、今がいちばん幸せな時期なのかもしれない。
2002年頃を思い出すような感覚。

僕のそんな感覚は、あるいは楽観的に過ぎるのかもしれないが、
課題はもちろん意識しながらも、このワクワクする感覚を今は楽しみたいと思う。
なんてったって、前後分断の、怪物ストライカー頼みのフットボールを数シーズンに渡って見せつけられ、それはそれで楽しませてもらったのだが(断っておきますが、僕はエメもワシントンも大好きでした。彼らの映像を今見てもやっぱり楽しいですし。ただ、フットボールの「型」という視線で捉えた場合、これでいいのか?という物足りなさはやはりあったわけで…)、フェノメノが去ったあとの迷走、戦術の不在からくる行き当たりばったりのフットボール、楽しさなど望むべくもないフットボールを更に数シーズン見せつけられた事を考えれば、望外の喜びと言っていい。

今のスタイルを更に向上・熟成させて、果たして夏場を乗り切れるかという不安はもちろんある。他のチームだって研究してくるだろう。このまま順風満帆でいくわけがないのは分かっている。

それでも僕は、たとえタイトルに手が届かずとも構わないと思っている。いや構わないは言い過ぎかもしれないし、タイトルは手にしたいけれど、それが今シーズンでなくてもいいと思っている。
僕は今シーズンタイトルを穫れないことで、フィンケと彼が目指すスタイルを失うことをより恐れる。
柏木も言っていたが、新たなスタイルを確立するためには3〜4年かかっても不思議ではない。
フィンケ体制になってまだ2年目。オフトの二の舞はもうたくさんだ。

ところが、「浦和は常に何らかのタイトルを穫るべきビッグクラブなのだから、今年タイトルに手が届かなければ、これ以上フィンケと契約を結ぶべきではない」という声が圧倒的に多いように思う。

ならば反論したい。いつから浦和は「ビッグクラブ」になったのか、と。確かに観客動員は多い。収入もダントツだ。だがもぎ取ったタイトルはカップ戦含めて数えるほど。せいぜい「強豪の部類に入る」程度だろう。
浦和がチームとして、「ビッグクラブ」の名にふさわしい強さを身につけるのは、まさにこれからなのだと思う。

その道程をフィンケとともに歩めれば、と思っている。

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2010年03月02日

You'll Never Walk Alone

今や誰もが認めるトップ映画クリエイターとなったクリント・イーストウッドの新作『インビクタス~負けざる者たち~』見ました。
見終わったあと、「映画が好きでよかったなぁ」としみじみしてしまうような良作でした。

ラグビーを題材のひとつにした作品だけれど、決してスポーツムービーではない。それは劇場に来ていた人たちが試合場面について「誰が誰だか分からなくて入り込めなかった…」とぼやいていたり、「みるみるうちに強くなったよね…」と失笑していたりと、そんな反応にも現れているのだが、イーストウッドが中心的に描きたかったのはそこではないのですよ(それにしても凄い「絵」の連続でアガるし、手に汗握るのだが)。

オープニング、金網に挟まれた道を釈放されたマンデラ(モーガン・フリーマン)が車に乗って走り抜ける。片側の金網の中では南アフリカの支配層である白人のラグビーチームがトレーニングしており、もう片側の金網の向こうでは被支配層である黒人の男の子たちがサッカーに興じている。「分断」を象徴するシーンの、その真ん中をマンデラは走って行く。

そしてエンディング、熱狂に包まれた街中をやはりマンデラを乗せた車が行く。白人のスポーツであったはずのラグビーの代表チームの偉業にありとあらゆる人々が喜びを爆発させ、踊り、抱き合う。その中を行くのだが、そんな状況だから車は思うように進まない。渋滞を回避し、安全を確保するため回り道をしようとするSPにマンデラは言う。「ゆっくり行こう。急いでない」。そしてにこやかな満足そうな視線を群衆に向けるのだ(これ、ネタバレっちゃあネタバレだけど、この映画はそういう映画じゃないのでいいよね)。これである。この冒頭と最後のふたつのシーンがこの映画を象徴しているのです。

それまでの道のりも、これらのシーン・台詞に全て凝縮されている。この映画は、ラグビー南アフリカ代表がいかに厳しいトレーニングを積んで偉業を達成したかというお話ではなく、人々が長く分断された土地で、(たとえそれが一時的であるにせよ)ある一人の男の想いが、いかに広がっていったか、大統領邸宅のドアを開け、門をくぐり、角を曲がり、狭い路地を抜け、大通りを越え、平原の風に乗って、南アフリカ全土にいかに伝わって行ったかという映画なのだ。近道なんかしない、ゆっくりと、だからこそ力強く、ある時点からそれが怒濤の勢いとなって南アフリカを覆ってゆく。その着地点がこのラストシーンなのだ。
いや、素晴らしい作品でした。映画史に間違いなく残る傑作『グラントリノ』の次にこんなに高品質な作品を撮れるんだもんなぁ。
イーストウッド、まさに映画の神に愛された男ですな!



posted by キョー at 19:11 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月18日

Atitude

冬期オリンピックを賑わしている、スノーボード「国母問題」。
その国母は今日のハーフパイプ決勝で8位入賞という結果を残した。
僕は「くだらん。実にくだらん」と今回の「騒動」とやらを傍観していた訳だが、
国母の競技が終わった事で、この騒動のくだらなさ、それが発する「腐臭」のようなものがよりはっきりと浮き上がってきたように思う。

というのも、昨日今日で突然「実は国母ってこんなにいい人」という美談ぽい報道をあちこちで見かけるようになったからだ。
「いやー、こんなに友だち思いでね…」くらいならまだしも、
難病に罹ったプロスノーボーダーまで引っ張りだし、
いかに国母が彼の力になったのかを「あんな格好で、あんな態度で世間様を騒がしてるけど、でも実はこんないい子なんですよ…」的に報じている様にはゲップがでるってものだ。
一応断っておくが、僕は難病に罹った彼やスノーボーダーや国母を批判しているのではない。
服装とか態度とかで国母を批判していたメディアや人々が
それとは外れたところ、「実はこんなにいい面があるんだよね…」的な文脈で彼を「こちら側」に引きずり込んだつもりになり、
その上で咀嚼し消化しようとする様に吐き気がするのだ。

そこじゃないよね!?あんたらがギャーギャー騒いでいたのは!

おまけに「今回の騒動によって、彼はスノーボードに対する注目度を上げることに貢献したと言えるのではないでしょうか」とか、
「スノーボーダーに対する偏見を持っていたが、これからはそんな偏見を持たないで見ようという気になりました」などと宣うキャスターまでいる始末!
よく恥ずかしげもなくこういう事を言えるよ。
「ゲス野郎」とはこういう手合いを言うのだ。
彼らこそ「慎み深さ」とやらを覚えた方がいい。

国母に対して「日本の代表として」とか「いい大人なのに」などと言っていた側も所詮こんなものだ。
自称「モラリスト」、自称「大人」なんてこんなもん。

国母は国母の道を行けばいい。
posted by キョー at 20:03 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

MOTHER

映画『母なる証明』を観てきました。
ポン・ジュノ監督、またまた映画史に残る名作を作ってしまいました!

正直、最初予告編を観た時は、そのタイトルからして
「ポン・ジュノも母親モノか〜、感動路線か〜」と思ったものです。
しかし、やはりポン・ジュノ監督作を外すことはできるはずもなく、
何より、画面から伝わってくる不穏な空気が、
この映画が単なる「感動モノ」とは一線も二線も画していることを如実に伝えていて
不安を抱えながらも劇場に足を運んだわけですが、
いやー、ポン・ジュノ、やっぱり間違いないっす!

ストーリーをざっくり説明すると、ある町で起きた殺人事件、
その容疑者として逮捕された障害を持つ息子の無罪を晴らすべく奔走する母親の姿を描いた作品といったところですが、
ストーリーが進むにつれて(これは『殺人の追憶』でも見られたけど)
登場人物の仮面がベリベリと剥がされてゆく訳です。
誰もが光も闇もその中に抱えていることは当然ではあるけれど、
「母子愛」をひとつの大きなテーマに持ってきたこのような作品でそれをやっちゃうのが
ポン・ジュノのえげつなさであり、
全てを忘れて踊り狂うショットを撮ってしまうところなどは、
それが果たして人間に対する「慈愛」から来るものなのか、
それとも「悪意」(締念)から来るものなのか計り切れないところがあり、
それがポン・ジュノとこの作品の底知れなさをさらに強調する。
ポン・ジュノそのものがサスペンスだよ!w

「闇」と「底知れなさ」と言えば、
この作品における「闇」の描き方がまたすごく怖かった。
思わず目を背けたくなるような「闇」の恐怖。
だが、その底知れない「闇」の中で蠢いているのはオバケの類いではない。
人間が蠢いているのだ!

そんな人間の蠢きがどのようなドラマを紡いでいくのか。
それはぜひ劇場で見届けてください!

あ、それとこの作品はあのウォンビンの復帰作ということで、
劇場にも韓流オバさまと思われる方々が大勢いらっしゃってました。
彼女たちがこの作品をどう観たか、
いわゆる「韓流ドラマ」とは全くベクトルの違う作品であり、
そこはとても興味があります。
世間では「韓流(笑)」という空気があるのも事実です。
僕自身もいわゆる「韓流ドラマ」「韓流スター」にはまったく興味がありません。
正直「韓流(笑)」の側です。
でも、この作品でのウォンビンの演技を観て
僕は自分の不明を恥じています。
僕らには「韓流」を笑う資格はない。
ウォンビンと同世代の日本人俳優で、これほどの演技ができる人がどれだけいるか。
ちょっと思い浮かびませんよ。
参ったね。




posted by キョー at 23:08 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月18日

悲しくてやりきれない

元フォーク・クルセダーズ、サディスティック・ミカ・バンドの加藤和彦が亡くなった。しかも自殺だそうだ。まったくなんて年だろう、今年は。
『イムジン河』が、「韓国と北朝鮮を隔てる河である」という本来の意味だけにとどまらず、ある意味「河」がそこかしこに偏在し、人々が隔絶され孤立させられている今だからこそ、加藤和彦には歌い続けてほしかった。歌が世の中を変える事は有り得ないが、この歌を聴くたびに、それでも孤立を乗り越えてゆきたいという願いにも似た何かが僕の中には宿るのだ(それこそ映画『パッチギ!』のように!)。



この時の加藤和彦は本当に嬉しそうな、幸せそうな顔をしていたのに…。
ご冥福をお祈りします。
posted by キョー at 17:54 | TrackBack(2) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

East and West

日本が誇る二大ガッカリ知事がまたまた色々と物議を醸しています。
まず石原慎太郎くん。

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石原知事、五輪招致150億円「痛くもかゆくもない」

 16年夏季五輪招致で敗れた東京都の石原慎太郎知事は9日の定例記者会見で、税金100億円を含む招致活動費150億円について「財政再建の余剰分であり、東京の財政は痛くもかゆくもない」「余剰分で夢を見ようと思って(招致活動を)やったのは間違いじゃない」と述べた。
(asahi.com)
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まったく何様なんでしょう、この人は。それ都民の税金なんですけどね。
「夢」もいいけど、今ある現実をなんとかしてくれっていう人も多かったと思うんですが。
まぁ都知事就任の時、「なにがムダって言ったら、まず福祉だ」とのたまい、福祉予算を次々に削ってきた人ですから、そんな発想はまったくないんでしょう。まったくガッカリな知事です。

あー、あと今回の五輪招致活動には多くのアスリートが参加していましたね。これもガッカリ。なにやら最近は「日の丸を背負って」「日本を背負って」という勇ましい言葉を好んで使う彼らですが(ちょっと前までは「楽しみたい」と言う人が多かったんですが、隔世の感があります)、彼らはその「日本」を構成している人々の生活の苦しみまでは想像が及ばないようです。

さて次は橋下徹くん。

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橋下知事、批判メールの女性職員に厳重注意

 大阪府の橋下徹知事は8日、全職員に一斉送信した知事メールに対し、批判する返信をした保健所勤務の40歳代の女性職員と、上司の所長(管理監督責任)を厳重注意処分にすることを明らかにした。

 橋下知事は1日夜に全職員に送信したメールで、府が約380億円の損失を被った紀の川大堰(和歌山市)事業を巡り、「恐ろしいくらい、(職員の)皆さんは冷静です。民間なら、組織あげて真っ青ですよ!」などと、公金に対する意識の低さを指摘した。

 これに対し、この職員は「このメール配信の意味がわかりません」「文も論理的でなく、それなりの職についている人間の文章とも思えません」と知事に返信。「愚痴はご自身のブログ等で行ってください」「(この)メールを読む時間×全職員の時間を無駄にしている」などと記した。

 橋下知事は府庁で報道陣に対し、「上司に対する物言いとして非常識。民間ならあり得ない」と怒りをぶちまけ、「府民の代表に物を言っている自覚が足りない。どこかでけじめをつけなければいけない」と、処分の理由を説明した。
(yomiuri.online)
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この他にも「オマエ呼ばわりするメールもあるんですよ!考えられます?」などと吠えていましたね。いや、そりゃオマエ呼ばわりはいけません。
でも橋下くんも確か「クソ教育委員会」とか言ってませんでしたっけ?そう考えれば府知事を「オマエ」呼ばわりした府職員は、橋下府政の忠実な体現者とも考えられるわけです。自分が言われたら怒るなんて、器が小さくありませんかね?

そもそもこの知事と職員のメールは、批判や意見も大いに結構、「組織の風通しをよくする」という名目で始まったはずですが、実際にちょっと意見するとこのように大々的にメディアに晒されるわけで、これじゃ意見なんかする人はいなくなるんじゃないですか。
事実メール内容を晒された人は少なくとも「オマエ呼ばわり」はしておらず、「メールを読む時間がムダだ」と言っているだけです(これも「ムダ削り」に邁進している橋下府政の忠実な体現者とも言えなくもありません)。率直に言えば「キレるポイントがわからない」。少なくともメディアに晒さず、内部で処理すべき問題でしょう。

そして「民間なら有り得ない」という橋下くんお得意の「民間なら」論が展開されてる訳ですが、公の場で「クソ」呼ばわりする事こそ民間では有り得ないでしょう。「クソ」呼ばわりが橋下くんの「民間なら」論に照らして「アリ」だとするなら、「オマエ」呼ばわりだって「アリ」じゃないですか?て言うか「クソ」と「オマエ」を比べたら、「オマエ」の方がまだ若干いいかも、というのが僕の感想です。
そしてトップに意見するのが民間では有り得ないと言うのなら、それはその民間企業の方が間違ってるでしょう。なんでもかんでも「民間が正しい」という妄想は程々にしたらどうですかね。

posted by キョー at 12:16 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月02日

未来は僕らの手の中

総選挙が終わりました。
結果は大方の予想通り民主党の圧勝。
自民・公明両党は(「やっとかよ」と思わなくもないけど)歴史的な惨敗を喫し、政権交代がいよいよ実現しました。

時代は動きました。
民主党は労働者派遣法、後期高齢者医療制度、年金制度、郵政民営化などの見直し、母子加算の復活などをマニフェストで謳っています。
これはぜひ早急にやっていただきたい。
しかし、不安もあるわけです。
民主党議員の中にはこれらマニフェストに謳っているはずの政策に公然と反対の意志を表明している人もいる訳で。
労働問題、福祉だけでなく憲法・安全保障分野に関しても同様です。
あまりにも党員の間で考え方に開きがある。
これに社民党が入ってくる訳だから
はっきり言ってカオスです。

社民党は大丈夫なのでしょうか。
同党は僕自身の考え方に非常に近い政策を打ち出しているので
大いに期待したい部分もあるのですが、
やはり現実に民主党政権に参加するとなると
どうにも無理があるんじゃないかと思わざるを得ません。
獲得議席が7という中で発言力がどれだけあるのか、
党是と連立政権参加という現実の狭間で
社民党が何をどう選択していくのか。

だいたい何故民主党なのか。
何故社民党と共産党はくっつけないのか。
政策傾向から言えば社共合同の方が遥かに自然に思われるのですが。
両党の意地の張り合いだか何だかは
日本のリベラル運動にとって大変な損失だと思う。
志位と瑞穂はいい加減チュウしちゃえよチュウ、と願っているんですがね。

さて、日本の政治はどれだけ変わるか。
気になるのは、この間、民主党が脱・官僚、脱・霞ヶ関を謳って、
いわゆる霞ヶ関的なるものに対しさかんに攻撃を行っていることです。
また「ムダを削る」とも言っています。
これはかのコイズミ・ムーヴメントの悪夢と軌を一にするもので、
なんとなく、官僚は良くないよなとか、ムダ使いはそりゃダメだよなとか、そういった「気分」には非常に訴えるものではあるけれど、
官僚制度の何がどうダメなのか、
「ムダ」って例えばなに?とか、
色々と疑問点はあるわけです。
全国各地に目を移せば、福祉とか公的保障分野を「ムダだムダだ!」とガンガン削る橋下的な政治家が隆盛を誇ってるわけで、
ここを一歩違えると悪夢はこれからも続いてく事になりかねず、
今後も引き続き注視して見ていく必要があると思います。

悪夢を終わらせること。
悪夢を終わらせる権利は僕らの手の中にあると実感できること。
それこそが今回の政権交代の意義であるべきだと思っています。










posted by キョー at 21:07 | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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